自己実現~未だに追い求め続ける「社会福祉士としての理想像」

自己実現~未だに追い求め続ける「社会福祉士としての理想像」

障害者ケアマネと情報収集

僕が障害者ケアマネとして、新規相談者とのやり取りの中で最も緊張するのは初回面談(インテーク)です。

通常の人間関係であれば、まずは自己紹介し、仕事や遊びを通じて何度も顔を合わせながらお互いのコトを知っていき、少しずつ信頼関係を作り上げていくものです。

ですが、お互いに忙しい中、限られた時間でサービス等利用計画を作成する計画相談支援の場においては、上記のような悠長なコトはしていられません。自己紹介からは早送りのように話を進めていくことになります。

なぜインテークが障害者ケアマネにとって緊張する時間となるのか。いうまでもなく、本人やその家族の信頼を損なうコトになれば計画相談支援そのものが成り立たないからであります。

そのために僕は、インテークに至るまでの準備として、すでにサービス提供している支援者を通じて、本人からの事前承諾をもとに入念な情報収集を行うのです。

 

ひとつでも多く、徹底的に情報を拾い上げる

大げさな表現になるかも知れませんが、われわれ障害者ケアマネは相手の人生を左右するほど相談者の生活の深くにまで関りをもたせていただく仕事になります。

そのため、「単に利用する障害福祉サービスをコーディネートするだけ」とか「利用するサービスの支給量をあてがうだけ」ではなく、相談者の生活すべてが相談対象となります。

「仕事が楽しくて絶対に休みたくない」「とにかく毎日、仕事に行きたい」「休みの日がつまらなくてしょうがない」という相談者であっても、休日は必ずあります。求めがあれば、余暇活動であっても相談支援の対象となります。

ほとんどのケアマネは、出会ったその月のうちにサービス等利用計画を作成するコトになりますので、お互いの関係性を考えれば、時期尚早な内容について訊ねなければならない場合があります。

相手との心理的距離を考慮し、クローズ情報として共有する場合もありますし、僕から直接訊ねるコトもありますが、僕が支援者や家族から、あらかじめ確認しておく必須項目があります。

そのヒトにとって触れられたくない話題、NGワードは何かです。

 

「知らなかった」では済まされない場合も

一般常識の範疇で言ってはいけないコトにとどまらず、「そのヒトにとって触れられたくない話題」にも一切触れないに越したコトはありません。

実際にあった事例として、独身だったり子育てをしたコトがなく結婚ネタは一切NGだったり、逆に離婚歴があるので結婚ネタに言及しないでほしいといった事前情報もありました。

繊細であるがゆえに病を患うコトになった相談者や、不快な体験に対するこだわりが人一倍強い傾向がある相談者の場合、最初の何気ない一言によって信頼関係を築くコトができずに終わる場合もあります。

他にもNGワードというものは多数あり、支持政治や宗教、プロ野球の話題については、相手が望んで話題として切り出す以外は触れないよう、先輩にアドバイスをもらったコトもありました。

とはいえ、趣味や特技について触れる分には問題ありません。野球が好きなら当然、プロ野球の話題にも波及するでしょうし、その段階で「好きな球団はどこですか?」と自然な流れで訊ねたら、相手も喜んで返答してくれます。

相談者にとって楽しい話題を展開し、話に花が咲けば、そこから一気に心理的距離を縮めるコトに成功します。

 

無邪気にヒトを傷つける「無神経」なヒトたち

俗にいうところの「空気が読めない」という無神経さというのは、障害者ケアマネにとって致命傷となります。

「そんなつまらんコトで目くじら立てるなよ」という輩もいるにはいますが、それを地で行く生き方をすれば、心当たりのない恨みを買い、思わぬピンチを招くコトになりかねません。

かつての職場での話ですが、公私混同の甚だしい話題で、時に大声で私語に興じては他の部署から苦情がくる一団がおりました。

その中で、順調な交際で彼氏と一泊旅行に行くだの、ケンカになれば女の武器を使うだの(このスタッフは都合が悪くなるとすぐに泣いて逆ギレする困ったヒトでした)、業務時間中の職場で大声で盛り上がるにはいささか不適切な話題でした。

休憩中や勤務時間外なら誰も文句はいいません。業務中でも多少の私語は許されるでしょう。とはいえ、業務時間内で他の部署が忙しくしている中、自分たちの仕事が終わったからといって、大声で笑いながら私語に興じるべきではありません。

別件で気になったのは、同じフロアの中で、別な部署にいた年配ヘルパーに対する配慮があまりにもなさすぎであろうという点でした。そのヘルパーは当時、同居していた息子夫婦が離婚し、心労が重なっていたのです。

僕も聞こえないフリをしてやり過ごしていましたが、内心で苦々しく思ったスタッフも少なくなかったハズです。みんなオトナの良識と自制心をもって振舞っているだけの話です。

恋人と至福のひとときを過ごして順調満帆なヒトがいる一方で、恋人と別れて心の傷が癒えないヒトや、恋人ができずに独り寂しさを抱えて生きているヒトだっています。

職場は自分ひとりのために回っているワケではありません。また、職場というフィールドにおいて、「仕事と関係のない無神経な発言」は、たとえ法的に問題はなくとも道義的にはレッドカードです。

 

「悪気のない無神経さ」が、時に取り返しがつかないコトに

社会は弱者の集合体であります。また、ヒトは誰もが知・情・意を併せ持つ感情の生き物であり、喜怒哀楽というキレイな感情だけでなく、恨み・辛み・妬み・嫉みといった負の感情も持ち合わせています。

でなければ、世の中であれほど「ついカッとなって」重大な事件を起こすハズがない。その後に待ち受ける社会的制裁を判っていながら、その瞬間の激情を抑えられなかったからこそ起こるのです。

無神経なヒトはたいがい「決してそんなつもりはなかった。悪気なんて全然ない」と言い訳をしますが、無神経な言葉ひとつで相手を傷つけ、二度と立ち直れないほどの深手を負わせるコトだってあるのです。

 

ただ愚直に、自分ができるコトをこなすのみ

冒頭で、担当するコトになった相談者について徹底的に情報収集を行うのが僕の仕事のやり方であると綴りましたが、その理由は、より高精度で的を射たサービス等利用計画を作りたいという「相談支援のプロ」としての矜持(プライド)がひとつ。

もう一つの理由は、上記で綴ってきたような「無邪気に相談者を傷つける無神経なヒト」に、僕は絶対になりたくないと思うからです。

昔からお笑い番組が好きなのですが、最近の一部のバラエティー番組で、「イジリ」なる笑いの取り方が非常に多くなってきた気がします。

ギャラと引き換えに受け答えしているタレントだから良いのでしょうが、高度な会話術や万人を笑わせるユーモアだけで勝負するコメディアンは称賛に価しますし、そういった腕利きがもっとテレビで活躍してほしいと思います。

役者にとってコメディは最も高度かつ難解な演技であります。怒らせるだけなら愚者でもできる。泣かせる演技も、よく練られたストーリー展開であれば並みの役者でも可能。喜劇役者こそが、真の実力を兼ねそろえた本物の俳優であります。

なので、ウデもないシロウトがヘタに笑いを取ろうとすれば、その場を白けさせたり、「ふざけてるのか!」と怒りを買ってしまったりします。

僕は、笑いでつかみを取れる障害者ケアマネではありません。ただ愚直に、やれるコトを精一杯こなす。情報収集を徹底し、相手が不快に感じると想定される言動を一切しない。それを徹底するのみです。

 

能ある鷹は爪を隠す~福祉の仕事に「威圧」は必要なし

幼少期から僕の言動は人一倍、他人の記憶に残ったようで、後に僕は「変人」に属する人間だと思い知らさるコトになりました。皆さん、直接的な物言いはしないものの「個性的だよね」「あまり存在しないタイプのヒトだよね」と間接的に何度も言われれば、イヤでも気付くというものです。

「変人=それだけ覚えてもらいやすい」と都合よく解釈していますが、僕が不器用で朴訥でサエない障害者ケアマネとして認知されているコトも充分に判っています。

こうなりたいと思う理想像があるとすれば、「相談者を癒やし、励まし、慰める」、そんな障害者ケアマネでありたい。これに尽きます。

もうひとつの理想像は、空想上の人物ですが「刑事コロンボ」です。シャープでクールな名探偵シャーロックホームズにはなれないけれど、刑事コロンボであれば、ちょっとは近づけるかも知れない。

「うちのカミさんがね…」などとボヤきながら登場する刑事コロンボは、一見サエない容姿。犯人だけでなく彼を知らないヒトもすっかり毒気を抜かれて油断する。でも、皆さんご存知のとおり、刑事としての仕事は超一流。

僕の仕事は、刑事のように相手を追い詰める仕事ではありません。ですが、「見た目は凡庸でも相談支援の力量は本物だ」と認めてもらえれば、ケアマネ冥利に尽きるというものです。