44歳にして3度目のリスタート

44歳にして3度目のリスタート

21年にも及んだ迷走の社会人生活

これまでのブログで、転職を繰り返した結果、3度目の正直でようやく理想の職場と巡り合うコトができたといった趣旨のお話を綴りました。

最初の就職をしてから10年くらいは何の疑問もなく、当時の職場で職務を全うするのだろうと信じて疑っていなかった当時を振り返ると、まさしく一寸先は闇であります。

人生は小説より奇なり、展開が読めません。

展開が読めないといえば、僕が現在の職場に転職したコトを知った最初の職場がらみの同業者から電話がありました。兄貴肌で、在職当時の僕を可愛がってくれた先輩のひとりです。

「なあ、ゼロくん。今の職場、待遇はどうなんだ? 前の仕事に未練はないか? もし良かったらゼロくんを推薦したいところがあるんだ」

「待遇は悪くないし、即戦力を求めてるって話だったからさ。前と同じようにはいかないと思うけど、また一緒に、オレらと同じ業界で仕事しないか?」

すでに10年近くの歳月が過ぎているにもかかわらず、その先輩は未だに僕の近況を心配し、気にかけて下さっている。本当にありがたい話でした。

僕の実力を認めていただいたコトは本当に嬉しく思います。

高待遇の求人という話でもあったのですが、今は障害者ケアマネとして充実した毎日を過ごせているとご報告し、丁重にお断りさせていただいた次第であります。

 

がんじがらめの定額制vs自由にやれる出来高制

 最初の職場と次の職場は半民半官といった社会福祉法人で、僕に与えられた仕事の90%以上が行政からの委託事業でした。

やるべき仕事が最初から最後まで決まっており、自分の裁量でやれる仕事はほとんどありません。

その代わり、行政からまとまった委託金が支払われるので、景気に左右されず定額の給与が振り込まれておりました。しかも高額な給与体系でした。

ところが、次から次へと「お前は黙って従え」的な上司が異動してきては、前任者のやり方を次々に覆していく。

せっかく社会福祉士の資格を取ったのに、専門職としての仕事をさせてもらえない。

こうした宮仕えに嫌気がさして辞職を決意。ところが、その後の転職先でも似たような状況に。イヤになって辞めて、次の転職先でもまたその繰り返しでした。

そして現在。同等のパートナーとして信頼し合える仲間たちと共に、独り職場の障害者ケアマネという半独立型の社会福祉士に落ち着きました。

紆余曲折はありましたが、自由な空気を存分に満喫しながら充実した毎日を送っています。

高額な委託事業は一切受けていません。計画相談支援、これ一本で勝負です。

最初の1ヶ月は新規の計画作成、2ヶ月目からは新規作成に加えて前月に作成した計画の振り返りと評価(モニタリング)。3ヶ月目には新規計画に加えて過去2ヶ月分のモニタリング。

こうして次々に計画相談支援の件数を増やし、黒字に転嫁。

以上が自らに課した第一目標です。そして3ヶ月目に突入した現在、その目標を確実にクリアできそうな見込みであります。

  

結局、「年収以上に譲れないモノ」があった

 法人スタッフからは「ホントにうち、安いけどイイの? ゼロさんが希望するなら、うち以外でもっと待遇が良さそうなところ紹介できるツテあるけど…」

何度も恐縮されましたが、僕にとっては給与面の待遇などどうでも良かった。専門職としての正当な評価さえ与えてくれれば、あとは二の次です。

別にカネには困ってないし、カネに未練があるなら最初の職場を辞めてない。

特段、反骨精神があったワケではないと思うのですが、「相応のカネは払う。だから黙って上の方針に従え」方式に、僕はどうしても順応できなかったのです。

それともうひとつ。駆け出しの若造だった頃もアラフォーになった現在も変わらず、僕は非常にプライドが高い人間で、侮辱されるコトが絶対に我慢ならないタチであります。

今でこそ、多少はオトナとして侮辱に対して気付かない、あるいは聞こえないフリをするくらいのコトはできるようになりました。

しかしながら、侮辱された事実とそれを加えた相手のコトは死ぬまで赦せないでしょう。

その意味で、僕を仲間に加えてくれた法人スタッフは僕をうまく使いこなしているといえます。

その証拠に、ソーシャルワーカーとしてのスキルやキャリア、障害者ケアマネとしての力量を高く評価してくれました。そして、新しく立ち上げた相談支援事業所の全権を僕に委任してくれたのです。

全権の委任。それ以上に嬉しい報酬はありませんでした。

雇われの身として、若い頃からつい最近まで、上司や雇用主に抑圧される繰り返しにウンザリ。

そんな僕にとって、実力を認められ、自由を与えられるコトがこれほど生き甲斐を与えてくれるとは思ってもみませんでした。

あとは然るべき結果を出し、その期待に応えるのみです。

 

孤独なフィールドで、己の力を頼りに生き抜く

確かに、小規模法人の資本力を鑑みれば、歴代の巨大法人よりも年収がダウンするでしょう。

しかしながら、それと引き換えに、歴代の職場では決して付与されるコトがあり得なかった自由と称賛を手にするコトができました。

これからは僕の好きに仕事ができる。宮仕え時代に味わった理不尽な忍従をしなくていい。

そして、これが最も重要ですが、今後の稼ぎの多寡はすべて僕次第。

単純明快な、実に判り易いルールで自分の実力を試し、「障害者ケアマネとしての管理人ゼロ」を世に問うコトができるのです。

 これからは自らの爪と牙だけで獲物を狩り、己の価値観と実力を頼りに過酷なフィールドを生き抜いてやる。

一匹オオカミとしてフィールドに降り立ち、自分の力がどこまで通用するかを存分に試す。そんな孤独な戦いに臨む心境、ひりつく緊張感。そんな心境であります。

若い頃であれば力及ばず散っていたかも知れませんが、今なら一匹オオカミとして最後まで生き抜く自信があります。今後の使命は「孤独なフィールドで、己の力を頼りに生き抜く」です。

迷走の果てに3度も転職するコトになりましたが、44歳になった今、最高のリスタートを切れたと思っております。