社会福祉士、弁護側の証人として出廷~支援困難ケース②

社会福祉士、弁護側の証人として出廷~支援困難ケース②

罪を犯した障害者の相談支援は本当に難しい

前職での障害者ケアマネを務めていた際、少なからず触法者(罪を犯したヒト)の相談支援に携わる機会がありました。少なくとも5名は担当しておりました。

更生支援計画の作成(服役して刑に服するのではなく、福祉的支援を受けながらマジメに地域生活を送るコトによって更生を促すべきとの観点から作成するもの)、執行猶予の判決が出たその日から支援がスタート。

僕が過去に関わった触法者の多くは不法侵入や窃盗罪に問われた知的障害者で、国選弁護士からの支援依頼を受けて相談支援を行ったケースも数件ありました。微罪ですが複数の余罪があり起訴されたヒトもいれば、初犯ですが被害総額が大きく、被害者の処罰感情が強かったコトもあり起訴されたヒトも。

被告人の誰もが「判った。支援を受けると約束する」と断言するのですが、いざ執行猶予がついた次の瞬間、「いや、いらない。僕は僕で生きていく」と、コロッと掌返し。喉元すぎれば何とやらです。

保護観察や成年後見制度の利用を執行猶予の条件として司法が強制力を発動してくれない限り、本人が拒否すれば話は終わりです。障害者ケアマネにサービス利用を強制する権限はありません。

このように、何の支援もできないまま打ち切りになるケースも少なからずありました。

 

管理人ゼロ、証言台に立つ

僕が直接担当していたケースではなかったのですが、中度の知的障害がある被告人の国選弁護人を引き受けていた弁護士から、「次の公判で、一般論として、中度の知的障害の特性と生きづらさについて証言してほしい」との依頼を受けたコトがありました。

ちなみに罪状は窃盗罪。友人の家に行った際、タクシーチケット数万円相当を無断で持ち出し(これが窃盗にあたると判断)、近距離でタクシーを利用し、チケットを多額の釣銭として受け取り、遊興費に使ったというものでした。

その弁護士が練った法廷戦略は、あらかじめ福祉的支援を受けられる算段をつけていたコトが最大の切り札でした。被告人の居住を受け入れてくれるグループホームと福祉的就労をさせてくれる就労継続支援事業所を準備していたのです。その上で執行猶予を求めるという戦略でした。

そして、僕に与えられた役割は、「中度の知的障害者が更生するためには、服役ではなく福祉的支援を受けながら再犯せずに地域生活を送るコトが最良である」という弁護士の主張を裏付けるため、専門職の証人として証言を行うというものでした。

事前打ち合わせで僕がお願いしたのは、あらかじめ話す内容を原稿にまとめた上で証言したいというものでした。とっさに聞かれても、法廷内の緊張感の中で普段どおりに話せる自信はありませんでしたので。

「原稿を読みながら証言するというのはちょっと…」と、最初は難色を示していた弁護士でしたが、最終的に「証人から、専門職としての所見をあらかじめ裁判資料として提示する。公判では、その資料をもとに証言する」という妙案を思いついたのでした。これならどうにか証言できそうだと安堵したものでした。

そこでまず、僕が中度の知的障害の特性と生きづらさについて証拠資料を作成し、弁護士に提出。それを裁判長と検察側に証拠資料として事前提出し、公判でその資料を使用するコトを弁護士から提案。後日、「裁判資料として使うコトで、それぞれ承諾を得た」と連絡がありました。

 

検察VS管理人ゼロ

そして公判の日。この日はちょうど最終弁論の日でもありました。まずは検察官による論告求刑が行われ、続いて家族と交際相手、そして被告人に対する最終陳述が行われました。

僕が弁護側の証人として証言台に立ったのは、被告人に対する最終陳述の直前でした。まずは裁判長の指示を受けて宣誓書を読み上げ(証言台に置かれたA4版の用紙に宣誓内容が書かれているので、それをそのまま朗読)、弁護人から一問一答形式で中度の知的障害の特徴と生きづらさについて証言しました。

証言台で虚偽の発言をすれば罰せられますので、弁護士から言われていたように中立公平な立場として事実をありのままに証言しました。事前に打ち合わせは念入りに行っていたのですが、証言台に立つ緊張と重圧というのは非日常的な異世界そのものでした。

続いて、検察側から反対尋問がなされました。当然ですが、検察官とは事前打ち合わせを行いません。ここから先は何をどのように尋問されるのか未知数であります。まさに「本番はここから」といった心境でした。

時間の経過で記憶が飛んでいるので明確な描写ができかねる部分もあるのですが、ひとつハッキリ覚えているのは、「被告人は公立高校を出ている」コトを引き合いにした検察側からの尋問でした(被告人は地方の普通高校に進学)。

ただし、学校までの道程が覚えられず母親と一緒に通学したとか、成績は不良だったが、どうにか卒業できたとの経歴が検察側の陳述にありました。そこで、検察側は、被告人は高校入試に合格し、進学し、卒業までしたのだから相応の判断力があるハズ、だからこそ責任能力があると展開したかったのでしょう。

ですが、知的障害に対する事実誤認もあったので、その点から証言しました。まず、中度の知的障害を診断したのは精神科医の診断によるもので疑いの余地がないコト、中度の知的障害があっても高校に進学できるヒトがいるが、大変失礼な話ながら偏差値が低い高校であれば進学できる実例が他にもいるコトを証言。

さらに、知能指数(IQ)はすべての検査項目の平均値であるコトへの理解を求めました。つまり、検査によっては飛び抜けて突出した分野がある一方、そうでない分野も混在するものであり、一概に高校に進学できたコトだけを挙げて、判断能力があると断言できるものではないとも証言。

 

最後に語ったのは「証言」ではなく「要望」

知的障害がある被告人への接し方について特段の配慮を求めたい。僕が証言したのは判断能力についての所見であって、責任能力について語るつもりはない。犯罪に健常者も障害者もない。悪いコトをすれば罰を受ける。償いをしなければならない。法の下の平等、その点において、障害者に便宜を図る必要はないと思っている。

でも、せっかく検察官が犯罪の事実を明らかにして反省を求めようと、裁判長が再犯せず社会復帰するよう諭しても、言葉の意味が伝わらなければ何の意味もない。

知的障害者が法廷でダンマリを決め込んでいるように見えるのは、それは反省していないからでも緊張で話せなくなっているからでもない。裁判長や検察官の話を理解できていない、その一点に尽きる。例えば、「生年月日は?」と聞いて返事がなくても、「誕生日は?」と聞けば、ちゃんと答えてくれる。

被告人に反省を求め、更生を諭すなら、知的障害者が理解できる言葉遣いをもって伝えてほしい。せっかくの言葉の数々が、意味が伝わらず終わってしまう。それは誰にとっても不幸せなコトだ。

以上の話をさせてもらい、証人としての役割を終えたのでした。

 

そして判決の日~まさかの結末に

こうして最後の公判が終わりました。印象的だったのは、僕の証言が終わり、被告人に発言を求める裁判長の言葉遣いが明らかに変わったコトであります。この点については、のちに弁護士からも同じ指摘がありました。

それから数週間が経過し、その証言をしたコトも忘れかけていた頃、弁護士から電話が来ました。「ゼロさん、ありがとうございました。執行猶予がつきました!」

「ええっ!?」その電話に、思わず出てしまった第一声がコレでした。

というのも、今回の窃盗事件が初犯ではなかったからです。前回も窃盗罪で起訴されて執行猶予がつき、その最中に今回の事件を起こしたのです。そのため、実刑は免れないと誰もが覚悟していたのでした。執行猶予中の再犯となれば実刑で間違いなしだろうと。

このような絶望的な状況下で証人を引き受けたので、僕の証言が判決に影響を与えるとは思えませんでした。福祉的支援を受けられる算段をつけた弁護士の功績に違いありません。余談ですが、よほど珍しい判決だったのか、わがマチの地方新聞で今回の一件が取り上げられておりました。

僕の記憶が薄れていたのも、「どうせ実刑だろ、今度こそ」と思っているうち、この一件が多忙な日常の中で埋没してしまったコトによります。

被告人だった女性ですが、再び執行猶予の判決を下された後、いちど体調を崩して入院。退院後、わがマチから遠く離れた場所で福祉的支援を受けながら生活していると聞いております。