ロードバイクとスローライフ

ロードバイクとスローライフ

かつて跨っていたバイクと、いま跨っているバイク

今や僕の人生になくてはならない存在となったロードバイクですが、その出会いによって、僕の人生観ですら激変させるほどの影響を受けるコトになりました。

自分自身の脚力だけで200Km以上の距離を日帰りで走破でき、四季や自然の変化だけでなく、日々刻々と変わっていく風の流れを五感で感じながら、見慣れたハズの景色が新たな世界としてキラメキを帯びていく。

同じ二輪でアスファルトを疾走する「バイク」でも、ガソリンとエンジンで動くバイクでは決して体感できない世界がロードバイクにはあります。

なぜそう断言できるかというと、わがマチへ転職のため移住するまでの8年間、大型自動二輪免許を取得して馬力規制が取り払われた逆輸入のリッターバイクに跨るモーターサイクリストだったからです。

 

モーターサイクル~クルマでは味わえない加速とコーナリングの魔力に

「お互い合格して再会できたらイイですね」と、指定校推薦で受験した当日にたまたま会話を交わした相手と入学初日で運命の再会を果たし(本当に偶然の再会でした)、彼の誘いのまま中型二輪の免許を取得。

結局、その親友のバイクにタンデム(2人乗り)させてもらうだけで、一度もバイクを買うコトもなく社会人に。

それから5年ほどが過ぎた頃でしょうか。何度もバイクに跨る夢を見て、その勢いでフラリと寄ったバイク屋で、大学時代に憧れていたバイクが中古で売りに出されているのを発見。「90年式のZXRだ!」

そのバイクは馬力規制がかけられる前の59馬力の400ccで、フルカウルに前傾姿勢の低いハンドルが特徴のレース仕様モデルでした。カワサキZXR400というバイクです。

メーカーを問わず、レーサーレプリカというジャンルのモデルは年式ごとにハデなグラフィックカラーが施されるのが常でしたが(クルマでいうところのF1と思っていただければ)、その年式はブルーまたはレッドのみで統一されたモデルでした。

大学時代、ずっと雑誌でチェックしていたあの実物が目の前に。すっかり一目惚れし、完全に心を奪われてしまった僕は即断で購入。後に整備不良車と判明し、ずいぶん無茶な買物をしたものだと思いますが、それでも外見重視で入る僕としては大満足でした。

憧れのバイクを手に入れたとなれば、当然走りまくるコトになります。当時住んでいた辺境地は、5分も走ればすぐにおあつらえの峠がある山間地。長距離ツーリングもさるコトながら、峠に行っては機体をベッタリ寝かせてヘアピンコーナーを攻める毎日が続きました。

 

そして、超絶性能のモンスターバイクへ

そのうちに同じバイク乗りの同業者の先輩とツーリングに出向くコトになるのですが、先輩方は大型免許を取得しており、リッターマシンで僕を瞬時に置き去りにして華麗なライディングを披露してくれたものでした。

そうなると大型バイクが欲しくなるのは当然でして、ほどなく教習所へ通って念願の大型免許を取得。当時、世話になっていたバイク店がカワサキ専門店だったのですが、やはりカタチから入る僕としてはメーカーではなく、好みのデザイン重視でバイクを選定。

選んだバイクはヤマハYZF-R1、カラーリングはやはりブルーで統一されたモデルでした。今回はバイクに詳しいヒトにしか通じない話ですが、年式は2003年製、右出しマフラーの最終モデルでした(翌年からはセンターマフラーが主流に)。

大排気量のフルパワー(国内車は馬力や速度に規制がかけられるのですが、逆輸入車は排ガス規制さえ通れば規制の対象外)、異次元としか表現のしようがない加速の凄まじさは当然として、それ以上の安定感は筆舌に尽くしがたいものでした。「コレが同じバイクなのか?」と。

そのバイクとは転職するまでの付き合いとなりました。フェリーで海を渡って大学時代の先輩や後輩に会いに行きましたし、毎年、同業者の先輩方と1泊2日で出かけるサマーツーリングは大きな愉しみでした。ZXRとR1、合計で軽く100,000Kmは走破したと思います。

 

ロードバイクとスローツーリング~スローライフの契機に

 それほどハマったバイクでしたが、人生初の転職を機にスッパリ手放すコトにしました。スピードの魔力に取り憑かれて8年あまり。たまたま五体満足で済んだだけの話で、このまま乗り続けていたら、いつか大事になると思ったからです。懊悩の末、バイクを降りるコトにしました。

以前のブログで綴ったように、わがマチに転居して早々にスポーツバイクとの出逢いを経て、それから半年後にロードバイクを購入しました。それからは、すっかりロードバイクの魅力に取り憑かれてしまいました。自分のペースで、乗りたい時に行きたいところまで。1kmでも遠くへ。

僕が跨っているロードバイクはフルカーボンを驕ったバリバリのレースモデルですが、実際にはその恩恵を実感できるほどの脚力もなく、ロングツーリングに出かければ、せいぜい平均速度23Km/hといったスローペースであります。

バイクに跨っていた頃は景色が吹き飛ぶ中、ただアスファルトを疾走する以外に愉悦を感じるコトがなかったのですが、ロードバイクに跨ってからは四季も自然も風もすべて意識しながらツーリングを愉しむコトに。

心境の変化でまず実感したのが、交通渋滞にイライラしなくなったコトです。いったん23Km/hの世界に慣れてしまえば、多少クルマの流れが遅くても気にならなくなりました(予定に遅刻しそうな時は別ですが)。

次に実感した心境の変化が、社会人としてのあり方についてでした。

「誰もが認める結果を出し、閉塞した現状を打破し、それまで死に物狂いで突っ走る。それこそ正義と妄信してきた。でも、もっと肩肘張らずリラックスした生き方もあるんじゃないか? これまでの生き方は、周りに己の価値観を押し付ける独りよがりではなかったか?」と。

 

独善者が跋扈する世の中だからこそ、スローライフ

転職前も後も、決してハッタリをかましていたつもりはないのですが妙に見込まれ、管理職をやらされるコトになった頃にはすっかり人生観も変わっていました。人生の価値観は多種多様、最低限の仕事さえキッチリこなせば、あとは各自の好きに生きればイイんじゃないかと。

ところが周りはそうは思わないようで、「ゼロさんに、本気で管理職をやる気があるのか、全然やる気が見られないと厳しい声が入っています。もっとやる気を見せてくれないと」などと、後半はともかく、前半は「侮辱」を「厳しい意見」に置き換えてハッパをかけてくる。当の本人は叱咤激励しているつもりなのでしょうが。

ひとつ弁明させていただくと、僕の能力の是非はさておき、日々の仕事で手抜きをした覚えはありません。厳しい意見は受けますが、侮辱されたとなれば話は別です。

だからこそ、退職を惜しみ辞職願を撤回するよう説得してくれるヒトがいて、これまでの信頼があって独立型社会福祉士としての現在があると自負しています。

「スローライフ」という言葉遣いが世間一般と違うのかも知れませんが、僕は今後もスローな生き方を尊ぶ方針を変えるつもりはありませんし、それを他者に押し付けるつもりもない。

僕は、法人が試算した月間予算を黒字に転嫁し続ける仕事をすれば良いと思うのみです。高所得を望んではいません。高みを目指して一心不乱に突っ走る生き方もあれば、マイペースでコツコツ昇華していく生き方だってあるハズです。

個々人がどのような信念を持とうが自由ですが、それを独善的に押し付けられるのはウンザリです。「私たちのやってるコトこそが正しいの! なのに、なんでアンタは私たちが認めるやり方をしないの?」

この手の輩を「偽善者」とはいいませんが「独善者」であるコトには間違いない。自分こそ正義と信じて疑わず、他の価値観を絶対に受け付けない。これまでの経験から、説得がムダであるコトは良く判っております。

「ああそう。たいそうご立派な信念だね。尊敬するよ。でも、そっちの価値観をムリヤリ押しつけるのは止めてくれないかな? そいつは傲慢ってもんだ。僕の価値観を全否定したいならどうぞ。すぐ出ていくから」

こうして僕は次々に、独善者たちに見切りをつけていったのでした。

僕に仕事を任せて下さっている利用者のためにも、これからも他種多様な価値観に寛容な障害者ケアマネであり続けたいと思います。法に抵触したり、公序良俗に反しない限り、個々人の自由意志は尊重されるべきだというのが僕の信念だからです。

スローライフでもファストライフでも、利用者本人がそれを望むのであれば、僕は尊重します。その上で、利用者の皆さんにとってのヒルクライム、「人生の坂道」を登るコトに寄り添うのみです。