相談支援は「北風と太陽」~ヒトの心を動かすアプローチ

相談支援は「北風と太陽」~ヒトの心を動かすアプローチ

かつての先輩から学んだ相談支援の極意

今回のブログで登場するノリさん(例によって仮名)は、障害福祉における相談支援の「そ」の字も知らずに業界に飛び込んだ駆け出しの頃に大変お世話になった先輩で、障害者ケアマネの仕事をしていく中で僕が最も影響を受けたヒトでもありました。

障害者ケアマネの仕事のやり方は十人十色で、どの先輩のやり方からも僕の気質や性分と勘案しながら取り入れさせてもらいました。中でもノリさんからは、相談支援の専門職たる者の何たるかを教わりました。

ノリさんはいつでも沈着冷静、怜悧かつ聡明な頭脳と圧倒的な情報量を誇る方でした。いつも敬語で僕に話しかけ(身内以外には敬語でしか話さないほど丁寧な話をされる方でした)、決して態度を荒げるコトはありませんでした。

残念ながら、目の持病が悪化したコトによって数年前に第一線を退きましたが、現在は視覚障害の当事者として精力的に活動されておられます。

前職の相談支援センターには腕利きの障害者ケアマネが顔を連ねておりましたが、なぜ僕がこれほどまでにノリさんを絶賛するのか。それは、ノリさんの仕事のやり方が僕にとって相談支援の極意そのものだったからです。

ノリさんの仕事のやり方を換言するなら「柔よく剛を制す」がピッタリです。そして、そんなノリさんから僕が学んだのは次の2つでした。

その1~自分から敵を作ってはならない、味方につける方法を考えよ

今でもその兆候はあるのですが(自分ではひた隠しにしていますが見抜くヒトは一発で看破)、当時の僕は直線的かつ鋭角的な人間でした。

「たとえ相談者でも、言ってイイコトと悪いコトがある」「間違ってる奴らに間違ってると言って何が悪い?」と嘯き、ヤル気のない行政職員を相手にケンカを売るような発言をして苦情が入ったコトもありました。

その件で当時の上司に説教されようが、まったく納得できません。「民間も行政もねえだろうが! なんでこっちが遜らなきゃなんねえんだよ?」と怒りが収まらない僕に対し、静かにノリさんが語りました。「ゼロさん、それではダメです」と。

ノリさんは僕より1つ年上で、この業界の経験では10倍以上の差がありました。口調や言葉遣いこそ丁寧で柔和ですが、僕へ向けられた忠言は非常に的を射た、そして厳しいものでした。

「間違っているヒトを断罪する、今のゼロさんのやり方では通用しません。前の職場ではそれで通用したかも知れませんが、ここではゼロさんの仕事のやり方を変えなきゃいけないと思うんですよね。関係機関を味方につけるようにしなければ」

仕事のやり方を変えろと言われたコトでアタマに血が昇り、ノリさんに何か言い返した気がしますが(まったく汗顔の至りであります)、当時の上司への怒りなど吹き飛んでしまいました。

仕事のやり方を変えろという、ノリさんの忠言が潜在意識の深淵に根ざすコトになったのです。

その2~柔和かつ低姿勢でありながら決して折れない

そんなノリさんでしたが、厳しかったのは僕に対してだけでなく、相談者や支援者に対しても、いつもの丁寧かつ柔和な口調で間違いをハッキリ明言しておられました。

一方で、イデオロギーの違いを飛び越え、いかに多くの関係機関を味方につけるかについて苦心もしておられました。決して怒りを露わにせず、根気よく時間をかけながら相手をコンコンと説得していくのです。

ただ杓子定規な正論を繰り返すだけでは相手を怒らせるか辟易させるだけですが、ノリさんは相手の主義主張を全面的に聞き入れつつも決して自説を曲げるコトなく、最後には相手を納得させてしまうのです。

その様子はまさに「柳に雪折れなし」でして、当時の僕としては「よくもまあ、あれほど根気が続くものだ」と感嘆したものでしたが、当のノリさんは「ごくフツウに振る舞っているだけですよ」といった飄々さでした。

こうした行動論理は個別相談でも変わりなく、ひきこもりや家庭内暴力などを起こす困難ケースに対する相談支援でも「低姿勢で決して折れない」スタイルを徹底しておりました。

もちろんノリさんや僕がすべてのケースを解決できたワケではなく、徒労に終わったケースも少なくありませんでした。しかしながら、半独立型社会福祉士として独りケアマネとなった現在もなお、障害者ケアマネとしての僕のルーツはノリさんであります。

 

守破離の原則をもとに、目指すのは「北風と太陽」アプローチ

「北風と太陽」から学ぶ人間心理の要諦

ノリさんから学んだ2つの原則をもとに以後の相談支援に取り組む日々は現在も続いています。ノリさんや前職からも離れ、守破離の原則における「離」に向かって「破」で試行錯誤と悪戦苦闘する日々を過ごしております。

すなわち、ノリさんのフォローのもと相談支援をようやく遂行していた「守」から、ノリさんから学んだノウハウをもとに自身の業務を振り返って分析し、グレードアップを図る「破」に取り組む毎日というコトであります。

そんな僕が現在、どうにか自分のスタイルとして取り入れようとしているのが、受容と傾聴を徹底し、頑なに閉ざした相手のココロを開き、信頼を得るための「北風と太陽」アプローチです。

「北風と太陽」というイソップ寓話は、皆さんもご存知のコトと思います。ざっと概要を解説しますと、話の概要は下記のとおりであります。

旅人のコートを脱がせようと北風と太陽が勝負をした。まずは北風が冷たい風を吹き付けるが、旅人はコートをしっかり着込んでしまう。次に、太陽が燦々と陽光を照り付けた。すると、旅人は暑くてたまらずコートを脱いだ。勝負を制したのは太陽だった。

ちょっと話が逸れますが、ショートショートの名手、星新一先生がこの寓話をオトナ向け寓話として独自の解釈のもと、非常にウィットに富んだ物語にアレンジしています。新潮文庫から出版されている「未来いそっぷ」に収録されています。

いずれにせよ、ヒトの心理を知るコトは相談支援の要諦であります。この物語から得られる教訓について考察してみましょう。寓話(たとえ話)というくらいですから、そこには必ず人間心理の暗喩(メタファー)が込められています。

ヒトは厳格さと冷徹さだけでアプローチされると、ココロを固く閉ざしてしまうというコト。もうひとつは、温かい態度と優しい言動でアプローチされていると、思わずココロを開いていくコト。

以上の2点が「北風と太陽」から学び取るべき教訓でありましょう。ならば、それを相談支援に当てはめて応用を利かせれば良いのです。つまり、行き着くところはノリさんの相談支援のやり方、そこに帰結するのです。

正論だからこそ、柔和かつ婉曲にアプローチしなければならない

課題を抱える相談者と接する際、面と向かってストレートに正論をぶつけるようなコトをすれば相手は塞ぎ込んでしまい、状況はさらに悪化の一途を辿りかねません。北風をモロに受けてコートを着込んでしまう旅人のように。

例えば、コンビニ弁当やレトルト食品ばかり買ってくる独り暮らしの相談者がいるとしましょう。家事援助を受けていますが、掃除のみで調理は拒否しています。さて、仮に下記の2パターンを用意した際、有効と思われるのはどちらのアプローチでしょうか?

「コンビニ食はカロリーが高いですし、塩分も多いです。こんなカラダに悪いものばかり食べていたら生活習慣病になりますよ。糖尿にでもなったら好きなものが食べられなくなります。お金も高くつきますし。だから、栄養バランスが取れた食事を作ってもらいましょう」

「食べたいのは判りますよ。美味しいですもんね。僕もたまに食べます。だから、コンビニ弁当を食べるなとは言いません。でも、病気にならずに今の独り暮らし生活を続けたいですよね? まずは週に1回でもイイからヘルパーに調理してもらいませんか?」

以上、言わんとしているコトは2つとも全く同じです。栄養バランスが取れた経済的な食生活を送ってもらいたい、そのために家事援助で調理も追加して利用してはどうかという論旨は同じです。

しかしながら、言われる側にとって、よりスンナリ腑に落ちる提案方法は前者と後者のどちらでしょうか? 僕が相談者の立場なら絶対に後者です。前者なら思わずムッとしてしまします。皆さんも同じではないでしょうか。

先の見通しをつけるコトが不得手な知的障害者を除き、たいていの相談者は不適切な食生活をしている自覚はあります。それでも止められないし、自由気ままな生活を続けたい。調理支援なんて余計なお世話だと思っています。

しかしながら、不適切な食生活を続けるのが健康に良くないコトは明白ですし、外食ほどではないにせよ、コンビニ食は高くつきます。

正論を突き付けられる側の面白くなさをいかに緩和し、相手の理解を得られるか。正論だからこそ、柔和かつ婉曲的にアプローチを繰り返していく。これが現在における僕の基本スタンスです。

最終的に、「判ったよ。ゼロさんがそこまで言うなら」と、屈服させるのでなく、納得してもらうのが最良です。そこで、ノリさんから学んだノウハウをもとに、そこに人間的な温かさを伴わせる相談支援を実践していくのです。

相談者に決して「させられた」感を抱かせないよう、「北風と太陽」的なアプローチを取り入れながら日々の相談支援を行っている日々であります。