障害者が地域で安心して「つつがない日々」を送れるために

障害者が地域で安心して「つつがない日々」を送れるために

なぜ、障害福祉のトレンドは「施設から地域」へなのか

国のホンネは経費削減なのだが…

障害福祉の根拠法となっているのは平成25年施行の障害者総合支援法ですが(18歳未満は児童福祉法)、「施設から地域へ」というキーワードが明確に打ち出されたのは平成18年施行の障害者自立支援法からでした。

「みんなが幸せになれる障害者の地域生活とは」でも触れましたが、ノーマライゼーションの理念のもと、障害の有無を問わず、誰もが当たり前のように地域生活を送れるための支援を行っていくというものです。

しかしながら、少し穿った見方をすれば、平成12年、訪問介護・通所介護・短期入所という在宅福祉の三本柱を打ち出した介護保険法と通ずるものがあります。

すなわち、国のホンネは年々増加の一途を辿る社会保障費の削減であり、莫大な経常支出を計上しなければならない施設福祉から在宅福祉へシフトチェンジしたいというところなのでしょう。

介護保険法を踏襲した「措置から契約へ」、そして「施設から地域へ」という概念を打ち出した総合支援法は、「地域で暮らしたい」「施設に入りたくない」「施設から出たい」という選択肢が保障された法律であります。

住み慣れた地域での暮らしを続けたいヒトが圧倒的多数

半独立型社会福祉士になってから担当するコトになった相談者はみな、すでに何らかの障害福祉サービスを利用している、あるいは利用するコトが確定している方々であります。

また、わがマチの障害者支援施設はどこも満員であり、わがマチに住民票を有する相談者に限定して計画相談支援を行っている僕としては、必然的に在宅系の障害福祉サービス利用者を担当するコトになります。

そして、僕が担当する相談者の中に施設入所を希望するヒトがどれだけいるかといいますと、なんと1人もおりません。居住スタイルの違いはあっても、施設入所はNGというコトであります。

絶対に賃貸住宅で独居生活をしたいというヒトもいますし、グループホームで共同生活を送りたいヒトもいますが、誰もがみな、住み慣れたわがマチで暮らしたいと一様に口を揃えます。

施設でしか生きられないヒト、施設で暮らしたいヒトだっている

こういった話をすると施設福祉で従事しているスタッフ各位からお叱りを受けてしまいますが、家族の介護負担の軽減のために、あるいは頼れる親族が誰もいない場合に、最後のセーフティネットとして施設福祉があります。

たとえば重度の障害があり地域生活が困難な利用者の安心と安全を誰が担保するのかといった課題があるとしたら、その受け皿の1つに施設福祉があります。

また、家庭の事情により在宅で介護できないとか、親の高齢化によって介護負担が重すぎるとか、親自身にも何らかの障害があるので養育能力が期待できない場合、施設で暮らすという選択肢しか選べないケースもあります。

施設福祉は縮小化にある昨今ではありますが、重度の障害により日常生活の全般で介護や支援を必要とする利用者が安心して毎日を送れるためには、施設福祉もまた必要不可欠なのであります。その事実に変わりありません。

 

知ってほしい~障害者にとっての「つつがない日々」がどれほど価値あるものか

平穏無事な日々が送れるコトこそ無上の幸福

相談者もまた1人の人間ですから、趣味や興味関心はヒトそれぞれであります。「障害福祉における愚行権の行使について」で触れましたが、ルールやマナーさえ守っている限り、どんなに愚行権を行使してもそれは本人の自由であります。

本人が望んでいる生活を送るコトができる。そのために必要な支援を行う。それが、僕ら障害者ケアマネをはじめとした障害福祉の支援者全員に課せられた役割であります。

とても大袈裟な表現になってしまいましたが、実際に地域生活を営んでいる障害者の日々とは実につつましく、健常者にとっては取るに足らないと感じるような、実に平穏無事な毎日であります。

そんなつつがない日々を送るコトですが、相談者の障害特性によっては非常にハードルの高いものとなってしまうのです。

困った時に、ちょっとだけ誰かのお手伝いがあれば、望む生活が実現できる

例えば、「相談者のウソにどう向き合っていくか」でご紹介したコロンさんについて。彼は現在の自由気ままな独り暮らしを希望していますが、彼ひとりの力ではできないコトも多数あります。知的障害に加え、緑内障と下肢障害もあるがゆえの生きづらさです。

僕が担当する前、障害年金の現況調査(数年に1回、日本年金機構が調査するもので医師の意見書が必要)の通知を放置していたコトで支給が停止してしまいました。そして、年金分が差し引かれた保護費だけで2年も過ごしていたのです。

当然、コロンさんの日常生活は逼迫していきます。家賃や公共料金は滞納していき、コロンさんの不可解な様子に気づいた当時の支援者やケースワーカーが介入して事なきを得たのです。

滞納した様々な支払いを済ませ、大家さんから住まいを追い出されるコトは回避したものの、停止していた年金がいちどに振り込まれ(2年分となれば軽く100万円を超えます)、生活保護の支給要件から外れてしまったのです。

そして現在、コロンさんは貯金を切り崩しながら日常生活を送っています。残金がわずかになれば生活保護を再開する約束で現在に至っているのです。

障害者ケアマネは、必要な時に必要な分だけ支援をするのみ

そこで僕が速攻で動いたのは、計画相談支援の導入と同時進行で成年後見制度の申請手続きについて準備を行うコトでした。前職でツテがあった弁護士に後見人を依頼し、意見書を書いてもらう精神科病院の受診調整に着手。

コロンさんの成年後見制度の利用に向けた準備は着々と進んでいます。正式に家庭裁判所から審判が下れば、「成年後見人の存在意義とは」でご紹介したポン子さんと同様、身上監護と金銭管理が保証されるコトに。

また、歩行障害があるコロンさんのために通院同行を目的とした福祉サービス、移動支援を導入し(初回、待ち合わせ場所にコロンさんがいないというトラブルがありました)、バランスのとれた食事提供のための調理支援も予定しています。

他にもまだあります。インフォーマル支援になりますが、福祉就労所のスタッフから、コロンさん宅のリビングの電球が切れたまま放置されているという連絡がありました。

本人に聞いたら「代わりの電球を買ってきたけど合わなかった」と説明がありましたが、実際にモニタリング訪問してみると「買ってない」とのコト。僕は家電に詳しい方なので、確認してみたのですが相当年式の古いタイプ。

これではラチがあかないと、合致する電球のタイプを確認するためコロンさんに管理会社の連絡先を確認したのですが、「管理会社が変わってて…」との返答。

幸い、電話付近に連絡先リストが貼ってありましたので、変更前と思われる管理会社へ連絡して事情を説明。現在の管理会社の電話番号を教えてもらい、事情を説明したら「明日の夕方、弊社の者を行かせます」との返答。

コロンさんにその旨を伝えて、明日の夕方は絶対に在宅で待っていてもらうように念を押して退室するコトにしたのでした。約束をよく忘れてしまうコロンさんなので、翌日に福祉就労所のスタッフへ電話し、本人に再確認してもらうよう取り計らっておくコトに。

そして、コロンさん宅へお邪魔した翌日。僕のケータイに管理会社から連絡がありました。大家さんに打診したところ、「非常に古いモデルなので、これを機に交換させていただきます」とのありがたい申し出が。無料交換してもらえる話になったのです。

こうして数日後、ようやくコロンさん宅の明かりが灯る日がやってきたのでした。

 

すべては、障害者が送るつつがない日々の実現のために

以上、コロンさんのケースについてご紹介しました。このように、大多数の障害者の皆さんが、わがマチでつつがない日々を送っておられます。極端なゼイタクやワガママを求めているワケではありません。

障害者の地域生活において、全員ではないにせよ、ゴミ屋敷問題や金銭管理に伴う各種トラブルは確かにあります。しかしながら、これまでご紹介した「ほんのちょっとのお手伝い」によって解決するものも多くあります。

障害福祉サービスや医療ケア、関係機関からの支援を受けるコトによって健常者も障害者も安心して共存できる社会。ちょっと壮大でおこがましいテーマではありますが、すべては「つつがない日々」の実現に集約されているのです。

福祉とは「幸せ」であり、僕ら障害者ケアマネの目的は相談者の幸せな生活の実現に向けた支援を行うコトであります。そのあり方ついては「福祉とは何か? と問われたら」で言及しています。併せてご一読いただければ幸いです。