相談者へのインフォーマル支援~①保健所:ペットの里親制度

相談者へのインフォーマル支援~①保健所:ペットの里親制度

インフォーマル支援がなければ実現しなかったガー子さんの引越

当ブログでもたびたび登場する元相談者のガー子さんの支援では、本当に色々なコトがありました。今回はガー子さんが一軒家の賃貸からグループホームに引越した際のエピソードをご紹介します。

ガー子さんは、相談支援におけるありとあらゆる課題がギッシリ凝縮された相談者でした。僕がこうして独りケアマネとして仕事ができているのは、他の支援者からのチエと協力を得ながら、困難な課題を解決してきたという経験を積んだからに他なりません。

そこで今回はシリーズ形式で、当時のガー子さん支援チームが最も困難を極めたグループホームへの引越についてのエピソードの数々をご紹介します。

福祉サービス提供で安心・安全・安楽を満たせば課題が解決する高齢者福祉と違い、今この瞬間を生きる障害者の支援は、公的な福祉サービス以外の社会資源をフル活用しなければどうにもならない課題というものがあります。

では、当時の支援チームがどのようにそれらの課題を解決してきたのか。そのために活用した数々のインフォーマル支援について、ガー子さんの支援を通じて得られた知的財産を共有できればと思います。

 

「あたしは絶対に引っ越さないッ!」~説得と叱咤、そして説得の日々

なぜ、本人が望んでいない引越を強要するハメになったのか

ガー子さんが病死した夫と重度の障害がある娘2人と暮らしていた件は「ついに届いた召喚令状~ハード&ディープな相談事例①」でも触れましたが、この頃には次女も学校を卒業して親元を離れておりました。

当時、ガー子さんが住んでいたのは木造2階建ての一軒家でした。しかしながら、「いらないモノなんかナンもないんだっつちゅうの!」と語気を荒げ、所有物への執着が異常に強いガー子さんが引越に応じるなど考えられないコトでした。

また、亡夫がどこからか血統書付きの小型犬をもらってきており、その犬の飼育状況も凄まじいものでした。「この犬は主人の忘れ形見だから絶対に手放せない」というのですが、動物虐待(ネグレクト)の疑いで通報歴アリ。当然、グループホームには連れていけません。

僕ら障害者ケアマネは、相談支援専門員の研修において徹底的に「本人が望む生活の実現に向けた支援」という基本的姿勢を叩き込まれます。その理念に従えば、僕らの支援は100%逆行したものであります。

それなのに、なぜ僕ら当時の支援チームが、それほど頑強に転居を拒むガー子さんに望まぬ引越を強いるコトになったのか? それはひとえに「カネ」の問題であります。

借金返済を阻んでいたのは、ガー子さんが独居生活を営むにはあまりにも高額すぎる家賃でした。

経済的困窮を解決する唯一の選択肢、それがグループホーム

結局、ガー子さんの恨み辛みを一身に買うカタチで、担当を引き受けてもらうコトができなかった職業後見人の鷲津センセイ(当然、仮名です)が提示したのが、グループホーム入居を前提とした借金返済計画でした。

僕のような障害者ケアマネや障害福祉サービス提供事業所だけでなく、かつて娘たちを支援していた某法人の施設長や、娘たちの担任として家族ぐるみで支援していた養護学校の教諭が支援チームにいました。

本人にはどこまで自覚があったのか定かではありませんが、ガー子さんは本当に支援者に恵まれたヒトでした。その支援チームに新たに加わってくれたのが、司法関係者の鷲津センセイでした。

僕ら支援チームがどれだけ苦慮しても一向に減らないガー子さんの借金問題を解決すべく、成年後見制度の利用を検討するコトになったのですが、その個別支援会議で赤炭センセイがプランを打ち出したのです。

「このままでは、どうやっても絶対にガー子さんの借金問題は解決しません。家賃5万は高過ぎるからです。ガー子さんを説得してグループホームに入ってもらう以外に解決策はありません」

鷲津センセイは僕らに、ガー子さんの家計バランスシート案を2つ用意してくれました。現在の一軒家に住み続けた場合と一般的なグループホームに引っ越した場合。その差は歴然でした。前者は半年を待たずに破産する計算に。

カードローンの返済については以前ご紹介したとおりですが、さらに5万円の家賃を支払い続けたらどうなるか? 娘たちに給付された各種手当で糊口を凌いでいますが、底をつくのは時間の問題でした。

当時、ガー子さんの収入は2級の障害基礎年金と福祉就労所の作業工賃しかありませんでした。しかしながら、「それでも大丈夫です」と断言する鷲津センセイには借金返済の策があったのです。

その策を要約すると、①借金を返済するための借金を申し込む、②引越の際、格安でゴミ屋敷を片づける、③グループホームで最低限の支出に留めながら借金を返済していく、というものでした。

初回の説得は荒れに荒れて決裂に終わる

さて、以上の話し合いを踏まえ、支援者が一堂に会してガー子さんの説得を敢行したのはガー子さんの自宅でした。

当時の僕が働いていた職場には2~3人程度の小さな個室から10人以上が入れる会議室まで完備されていたのですが、ガー子さんにとって敵陣に乗り込む気分だろうから自宅の方がイイとの判断を下したのです。

しかしながら、場所がどこであろうが、以下の結果は同じだったコトでしょう。鷲津センセイの説明が進むにつれて、みるみるうちにガー子さんの表情が憤怒のそれに変化していったのです。

ついに怒り心頭に達したガー子さんが「もう、どうでもよくなってきた」と一言。いきなり立ち上がったかと思うと踵を返し、居間を出て別室に引き籠ってしまったのです。

誰もが無言で首を横に振りました。これ以上はムダだと判断し、この日の説得は打ち切りとしました。

支援チーム一丸となってガー子さんの説得を続ける日々

事務所に戻ると、ガー子さんから電話があったと伝言。「あたしは絶対に引っ越さないってゼロさんに言っといて!」。こうなるコトは予想していたけれど、さてどうしたものかと週末を迎えたのでした。

ところが週明け、ガー子さんから電話がありました。「いやあ、こないだはゴメンねえ。あたしさあ…」。謝罪なのか雑談なのか良く判らない口調ではありましたが、まぎれもなく僕への謝罪の電話でした。

その後、すぐに学校教諭から会いたいとの電話がありました。後刻、来訪した教諭の説明によると、あの日、解散した後にガー子さんが最も信頼を置く教諭2名が電話で長時間にわたって説得を行ったとのコトでした。

「母さんが決めるコトだから(教諭たちはガー子さんを娘たちの保護者として「母さん」と呼んでいました)、引越するもしないも母さんが決めて。でも、母さんにとって重大な決定をするんだから、よくよく考えてからゼロさんに返事するように」と。

ところが上記のとおり、アタマに血が昇ったガー子さんは教諭2名からの説得を軽率な行動で踏みにじるように僕へ引越しないと電話した上、「さっきゼロさんに電話したから!」と連絡したものだから、さすがの聖職者たちも怒り心頭に。

「これまでの10年間のコトもありまして…ちょっと、ガー子さんに怒ってしまいました」と。

あれほど熟慮の上で返答するよう何度も念押しをしたのに、それを無視して軽率な行動を取ったのは赦せない。教諭たちの心中は如何ばかりのものだったか。ガー子さんには猛省してもらいたいところであります。

「そういう軽率な態度を取るなら、もう二度と母さんの相談には乗らない!」と、教諭の1人は以降の電話を拒否。もう1人の教諭もガー子さんに対し、以下のキツイお灸を据えたと話してくれました。

「だいたい、あの時の母さんの態度は何だ!? みんな忙しいのに来てくれて、母さんのコトを心配してくれるっていうのに。あの日、来てくれたみんな全員に謝れ! みんなに謝って赦してもらうまで、僕らは母さんの相談は一切受けないからな!」と。

ガー子さんにとって、2人の教諭は当時の僕以上に頼りにしていた大恩人たちであります。その2人を敵に回しては結局、自分自身が困るのです。

感謝と謝罪の言葉を素直に口にできるのがガー子さんの良いところ。何とも憎めない愛嬌があり、支援者に恵まれているのも、この取り柄によるものだったのでしょう。

「これだけは譲れない!」~ガー子さんから提示された数々の条件

こうして、喚いて叫んでフテくされ、それでも僕ら支援チームが何度も足を運んでガー子さんの説得を行いました。残念ながら鷲津センセイだけは「どうしてもイヤだ」と拒否されてしまったので、僕と教諭たちと某法人の施設長が説得役に。

教諭たちから指摘があったのは、「ガー子さんは、説得させられたと思ったら後で必ずトラブルを起こす。なので、自分が納得して決めたテイで」というものでした。そのため、「最終的にはガー子さんが決めるコト」というスタンスを貫きました。

時にグチ話を聴き(愛犬を手放せと鷲津センセイに言われたコトがどうしても赦せなかった模様)、時に説得を試み、ガー子さんが「それなら引っ越しをしてもイイ」と踏み切れるための条件を整えていきました。

ガー子さんの決断に必要な要件は、まず「娘たちが帰ってくる実家がなくなるのは可哀想だ」という思いへの説得。これには娘たちの担任だった教諭が当たりました。

「あの子たちだって、母さんが借金で苦労する姿は見たくないハズだ。それに、実家がないなら、母さんが時々あの子たちの施設に会いに行ったらイイんじゃないか?」と。

次に出てきた要件は、「娘たちのオモチャが2階の子供部屋に大量に保管しており、それを捨てるのは可哀想だ。捨てられない」と。これには僕が対応しました。娘たちの施設に事情を話し、引き取りに来てもらったのです。

ところが、最後に出てきた要件が僕らを悩ませるものでした。そう、亡き夫がどこかでもらってきたという愛犬の件でした。まさか殺処分するというコトであれば絶対に納得するハズがありません。

愛犬を誰かに引き取ってもらう。ガー子さんも自宅の玄関に、引き取り先を募集する張り紙をしていましたが、なかなか引き取り手は現われませんでした。はてさて、一体どうしたものか?

 

保健所には「動物の里親制度」がある

わがマチの保健所へ出向いて相談してみたら

僕はイヌもネコも死ぬほど好きな性分でしたが、残念ながら飼ったコトがありません。そのため、上司や同僚に相談してみたのですが、コレといった解決策は誰も思いつかず。

そこで、餅は餅屋ではないですが、わがマチの保健所に出向いて相談してみるコトにしたのです。その旨を電話で担当職員に打診したところ、「だったら里親制度がありますので、里親登録を勧めてみては?」と。

本当に恥ずかしながら、保健所は動物を保護するだけで、期限がきたら殺処分するものだという固定観念しかなかった僕にとって、その職員の一言は天啓でした。それなら大変ありがたい。殺処分を望まないのは僕も同じなのですから。

保健所に出向き、担当職員からイヌの里親制度の概要についての説明と登録手続きについての流れを教わりました。保護している動物だけでなく、飼えなくなった動物を引き取ってくれる里親を登録しておく精度があり、双方の日程調整や引き取る際の立ち会いも行うとのコトでした。

最後にガー子さんとの日程調整を敢行。いくら小型犬といっても、保健所までガー子さんが連れてくるのは物理的な距離の問題もあります。その懸念を口にしたところ、「だったら僕らが行きます」と、登録のために自宅まで出張してくれると大変ありがたい申し出が。

そして当日。ガー子さん宅で愛犬の確認(つまり犬種や性別など)、その条件を登録し、件の担当職員から、「里親希望者が複数名いるので連絡してから返事します」というコトで手続きが終わりました。

数日後、引き取ってくれるヒトが現れた!

「あとは吉報がくるのを祈るのみ」といった日々は決して長くはありませんでした。件の保健所の担当職員から「ゼロさん、引き取り希望の里親さんが見つかりましたよ!」との電話が。

すぐにガー子さんにその旨を伝え、数日後、ガー子さん宅で里親候補・担当職員・僕による3者面談を行うコトに。血統書付きという点が評価されたのかと思いきや、「次は短毛種の子が欲しかったんです」と里親さん。

ヘタに親心が出ても困るなという打ち合わせをしていた担当職員と僕は、即決で里親さんに愛犬を引き取ってもらうための手続きを促し、ガー子さんも納得。ペット用トイレやドッグフードなど一式もまとめて引き取ってもらうコトに。

それにしてもイヌはやはり愛情深い生き物なんだなと思ったのは、その愛犬が何度も足を止めてガー子さんを振り向いた時のコト。

水も食料もマトモに与えられず、帰っては牙が折れるんじゃないかというくらいケージをガリガリ噛みながら窮状を訴える愛犬に「うるさーい!」と怒鳴るガー子さん。それでもなお、イヌは飼い主へ愛情を抱くんだなと。

そのエピソードを某法人の施設長に話したところ、「それで良かったんですよ。これでやっとあの犬も、マトモな生活ができるんですから」との至極まっとうな返答。

まずは第一関門をクリア、その次は…

というワケで、ガー子さんが心置きなく(?)引っ越しできる条件が整いました。すでにガー子さんを引き受けてくれるというグループホームも見つかっています。

あとは引越に向けた支援を淡々と行っていくばかりなのですが、鷲津センセイが現代の諸葛亮公明のごとく、借金返済のウルトラⅭに、格安でゴミ屋敷を片づけるための裏技など、次々に策を授けてくれるコトになるのです。

それらのエピソードにつきましては次回に綴ります。