相談者へのインフォーマル支援~③福祉医療機構:年金担保貸付事業

相談者へのインフォーマル支援~③福祉医療機構:年金担保貸付事業

ガー子さんの引越が終了~ようやく、借金返済に向けた支援へ

「①保健所:ペットの里親制度」「②シルバー人材センター:家財道具とゴミ処分」といったインフォーマル支援の活用と多くの支援者の無償による協力によって、借金返済を目的としたガー子さんの引越がようやく実現するコトになりました。

こうしてグループホームでのガー子さんの新生活がスタートしたのですが、それと同時に、職業後見人の鷲津センセイが計画した借金返済に向けた支援も始まるコトになったのです。

これまでのガー子さんの借金返済の問題点については前回のブログで綴ったように収入に見合わない高額な家賃が最大の課題だったのですが、課題はそれだけではありませんでした。

ガー子さんの気性については「ついに届いた召喚令状」で言及したように、「何もできないヒト」と思われるコトが何より我慢ならないというものでした。そのため、「あたしはできるんだ」という本人の意向に沿って支援してきました。

ところが、やはり知的障害によって、同時進行で複数のことがらを遂行していくコトや先の見通しを読むコトが非常に苦手でした。そのため、毎月の借金がいくらで、どこへどれだけ支払えば良いのか判らなくなってしまうのです。

亡夫がガー子さん名義でこしらえたというカードローンだけでなく、ガー子さん自身が作ってきた借金も決して少なくありませんでした。それぞれの借金は少額だったものの、とにかく数が多すぎて全容がつかめない。

成年後見制度を利用してくれたら一発で解決する案件なのですが、当の本人がそれを頑として受け入れないのですから、僕ら支援チームも完全にお手上げ状態でした。

 

鷲津センセイが提示した「借金返済のための借金」とは

なぜ、「借金返済のための借金」を提唱したのか

鷲津センセイは現役バリバリの職業後見人であります。つまり、同様の金銭トラブルを抱えた被後見人や被保佐人の事例を数多く支援してきた実績があるというコトです。そこで培った経験から、その理由を教えてくれました。

「ガー子さんがご自分の力で借金を返済するためには、まずは現在の借金をすべて払い終えて、返済先を一本化する必要があります」と。

ガー子さんが自分で作った借金には、新聞の夕刊の未払金や娘たちに買ってやったという、使われていない塗り絵セットの未払金がありました。

こんなものは序の口でして、他にも通販好きなガー子さんは映画DVD一式や高額なサプリメントの数々、結局食べきれずに冷蔵庫を埋め尽くす有機野菜などなど、訪問するごとに次々に借金が判明。

有機野菜はグループホームへ行くのだから今後は不要、サプリメントもガー子さんが絶対に必要だという1つに絞る、新聞は読まないのだから止める、こうした約束ごとを取り決めながら制度利用で借りた小口現金で一括返済するコトに。

こうして、いったん完済を終えてしまえば、あとはガー子さんが自分で振り込めば良い借金はカードローンのみとなります。借りた小口現金は天引きされますので、ガー子さんが何かする必要は一切ありません。

借金返済のための借金、その借入先となるのは

鷲津センセイの提案は確かに一理も二理もあります。ガー子さんが自分の意志で借金を返済するコトは非常に困難であり、しかも本人の強い拒否によって成年後見制度に頼れないのですから。

「しかしながら、そんな都合が良い借入先など本当にあるのか?」と、そう反論したくなるところでしたが、たった1つだけあったのです。それは「年金担保貸付事業」という制度でした。

この制度は、WAMこと独立行政法人福祉医療機構の貸付事業のひとつでして、個人の年金を担保に小口現金を年2.1%(現在は年2.8%)という低金利で貸付するという制度であります。

この制度の特筆すべき利点は、保証人が不要であるコト

なぜ鷲津センセイがこの制度を提案したのか。結論から申し上げますと、他にガー子さんが利用できる制度が存在しないからであります。

この制度の最大のメリットは、福祉医療機構が規定している担保(ガー子さんの場合は障害基礎年金)さえあれば、保証人が必要ないというコトであります。

鷲津センセイの説明によりますと、本人が生存している限り年金は支払われ続けますから、指定金融機関で口座開設し、年金が支給されるたびに天引きすれば滞納する心配がないワケであります。

ガー子さんは、亡夫の親族と最悪な関係にありました。そもそも亡夫一族の反対を押し切って結婚した経緯がありましたし、ここまでご紹介したガー子さんの気性の荒さが災いし、お互いに憎しみ合う関係でした。

しかも、ガー子さんの実家もまた遠方かつ疎遠で、本人いわく「一家離散状態」にあり、とても金銭的な援助を受けられる状況にありませんでした。つまり、ガー子さんの保証人を引き受けてくれる親族は誰もいませんでした。

貸付金の上限額ですが、鷲津センセイいわく「貸してくれといえばいくらでも」とのコトでした。「年金」という国が保証する担保があるのですから、借入金の金額よりも天引き期間をどの程度に設定するかが肝要とのコトでした。

借金は30万円近くあったのは前回綴ったとおりでしたが、これまでの貯金と、ガー子さんに支給される障害基礎年金と福祉就労所の作業工賃があれば、20万円の借金でも問題ありませんでした。

こればかりは支援チームが決める話ではないというコトで協議終了。あとは当事者のガー子さんに事情を説明し、借入金をいくらに設定するか決めてもらうコトに。

そして、おおかたの予想どおり、ガー子さんは借入額を借金返済プラスαの30万円で希望。試算上、金利を含めて毎月およそ13,000円の返済を2年間、天引き生活を送るコトで承諾したのです。

 

あとは申請手続きを済ませるのみ、ところが…

単独か同伴か、判断に悩む支援者たち

あとは日を改めて福祉医療機構が金融機関に指定するわがマチの信用金庫に繰り出すだけなのですが、僕ら支援チームが頭を痛めたのが「ガー子さんだけで行くか、支援者の誰かと同伴して行くか」でした。

鷲津センセイいわく、判断するのは窓口となる信用金庫だから、どちらのパターンで申請したら良いか断言できないとのコト。つまり、同伴者がいるコトで「ホントにこのヒト大丈夫?」と思われるリスクが。

「ゼロさんのようなわがマチの看板を背負っている障害者ケアマネがついているのだから(僕が凄いのではありませんので悪しからず)、それで安心だと思ってくれるかも知れませんが…」と推論の域を出ない様子。

悩んだ結果、普段から自分が知的障害者であるコトを知られたくない、何もできない女だと思われるのが我慢ならないというガー子さんの気性を鑑み、ここは自分の力で手続きしてもらう方が良いのではないかとの結論に。

申請初日、良かれと思った配慮が裏目に

今回のエピソードは、時系列的にはガー子さんが引越しをする少し前のお話であります。つまり、この制度が利用できなければグループホーム入居ができないのです。

一軒家から徒歩10分もしない近所にわがマチ信用金庫の支店がありました。申請に必要な手続きはガー子さんに説明済み、印鑑や年金証書など必要ものは準備済みであります。

そして当日。事務所でヤキモキしながらガー子さんからの連絡を待っていた僕に電話してきたのは、当惑した口調で説明を求める信用金庫の融資担当者でありました。

「あのですね、ガー子さんが『あたし何にもわからない!』と大きな声でおっしゃって、アナタの名刺を差し出してですね…」

融資担当者に説明を求められ、パニックを起こしたガー子さんが大声で喚いて僕の名刺をテーブルに放り出した様子がありありと浮かんだものでした。

後日、本人と一緒に再手続きに

僕ら支援チームの配慮は完全に裏目に出た結果になりましたが、僕の名刺を出して、事務所まで担当者が連絡してくれたコトは僥倖でした。

そこでまず、僕が何者であるのか自己紹介し、ガー子さんがなぜ貸付事業を利用するコトになったのか。ここまでの経緯を説明しました。併せて、本人だけで申請手続きに送り出した意図についても担当者に伝えました。

結果、担当者から「そういうコトでしたら後日、あらためてご相談をお受けしたいと思うのですが。その際、ガー子さんと一緒にゼロさんもお越しになっていただけませんか?」との返答が。

ひとまずガー子さんには帰宅してもらい、日を改めてガー子さんと一緒に申請手続きに出向くコトにしました。

そして後日。さすがにコレだけは僕が代筆するワケにはいきませんので、ガー子さん直筆による申請書の記入を見守りながら、すべての手続きを終えました。

 

念願の現金支給、借金の一括返済へ

最後の最後で一悶着

それから数ヶ月後、無事に申請が受理されて「借金返済のための借金」こと30万円が支給されました。分割払いによるカードローン以外のすべての借金をガー子さんが返済して一件落着…。

そう思いきや、またしてもガー子さんが問題を起こしたのでした。なんと、お金だけを受け取り、借金返済を放置していたのです。事前に一括返済を伝えていた事業所から「まだガー子さんから返してもらってない」との連絡で発覚。

特に、ガー子さんが親子で支援を受けていた障害福祉サービス提供事業所への10万円にも及ぶ借金だけは絶対にガー子さんの手で返済してほしかったのです。

なぜなら、件の事業所から「借金はもう諦めるので、ガー子さんへの支援は今後、手を引かせてもらいます」と連絡があり、何とか保留にしてほしいと頼み込んだ経緯があったからであります。

その連絡があった直後に件の事業所に出向き、事業所の代表に直訴を敢行。「必ずガー子さんに借金を返してもらうので、それまでサービス提供だけは続けてほしい」と頭を下げに行ったのです。

その代表も当然、ガー子さん宅の状況はよく知っており、「判ったよ。ゼロさんがそこまで言うなら。ここで断ったら(障害福祉サービス提供事業所として)ウソになるから」と快諾。

ガー子さんに状況を確認したところ、「めんどくさかったから」と信じられない返答が。本人の釈明では、件の事業所から振込で返済してもらうよう記入済みの振込用紙を渡されたが、別な金融機関に行って断られたと。

最後の一言、「だって寒いでしょう? だから帰ってきた」と悪びれもしない様子。ちなみにこの時期は年末まであと少しという真冬の時期でした。

インフォーマル支援を駆使し、課題解決に結びつく

本来であればすぐに駆けつけてガー子さんを指定金融機関に連れて行くべきだったのですが、僕はあえてそうはしませんでした。

なぜなら、良かれと思って支援したコトが本人にとって当たり前になってしまい増長させてしまったと養護学校の教諭たちが悔いていた件があったからです。

つまり、教諭たちは、亡夫あるいは支援者が本人に代わってやっていたコトが、結果として「自分でできている」と勘違いさせてしまったという責任を痛感したワケです。

僕もまた、最後くらい自分で借金の後始末をしてもらいたかったのです。それに、僕ら障害者ケアマネは相談者のタクシー運転手ではありません。

ガー子さんには、自分でこしらえた借金をどうしようがガー子さんの責任だからガー子さんが困ればいい。でも、ガー子さんのために、ここまで返済を待ってくれたサービス提供事業所にだけは年内に一括返済するよう伝えました。

最後にサービス提供事業所の担当スタッフに電話し、これまでの事情を説明。後日、ガー子さんは僕との約束を守り、障害福祉サービス提供事業所への多額の負債を返済したのでした。

紆余曲折がありましたが、こうしてガー子さんの借金返済の一本化を実現するコトができました。しかしながら、その後もさまざまな対人トラブルと金銭トラブルを起こし、入院したり住まいを転々とするコトになるのです。その件はいずれまた別な機会に。