もと犯罪者のケアマネジメントを引き受けるコトになったら

もと犯罪者のケアマネジメントを引き受けるコトになったら

ある日突然、刑務所帰りの障害者のケアマネジメントの依頼が

障害者ケアマネの対象者は堅気のヒトばかりではない

ケアマネジャーという仕事は相談者の人生に深く入り込む仕事であり、相談者の人生を大きく左右する仕事でもあります。

つまり、そのヒトがこれまで歩んできた人生の軌跡をハッキリ垣間見る機会もあれば、通常は隠しておきたいであろうプライバシーを赤裸々に目の当たりにするコトも少なくありません。

最も隠しておきたい過去といえば、そのヒトにとっての後ろめたい過去でありましょう。何をもって「後ろめたい」と定義するかはそのヒトごとに価値観は違いますが、前科者となればハッキリしています。

「昔はちょっと尖がっていて」などと他愛もない武勇伝を語るどころではなく、実際に警察の厄介になり、起訴されて裁判にかけられ、有罪となって刑務所で服役したヒトや、執行猶予で服役は免れても前科がついたヒトがいます。

そして、僕がかつて担当してきた数多くの相談者の中には、過去に犯罪歴があり服役したり執行猶予がついたりしたヒトがいました。割合は少ないですが、片手の指ではちょっと足りないくらいの担当をしました。

障害がある前科者とは、一体どんなヒトたちなのか

僕が初めて前科がある相談者を担当するコトになったのは、突然の飛び込み相談がキッカケでした。来所したのは当時、その相談者の保護観察を担当していた保護司です。

保護観察の期限が近くなり、自分が担当できる猶予がほとんど残っていない。その間に何らかの障害福祉サービスを利用しながら、彼が再犯せずに暮らしていけるための算段をつけたいという相談でした。

その相談者は過去に精神科病院を受診した経緯があり、その際に知的障害の診断を受けていました。ところが療育手帳の取得には至っていない。そこで、障害福祉の相談支援専門員に以後の支援を頼みたいという依頼でした。

当時、以前のブログ「北風と太陽と相談支援」でご紹介した先輩ノリさんと一緒にその相談者の担当をするコトになりました。

当時はまだ駆け出しの障害者ケアマネであり、単独で相談支援を行うにはまだまだ力量も場数も足りない頃でしたが、それ以前に元犯罪者を担当するコトになった未知の恐怖と不安は半端なものではありませんでした。

しかも、その相談者はこれで3回目の服役だったというのですから、今だから正直に告白しますが、仕事を放棄して逃げ出したいほどの心境でした。

そして当日。保護観察官と保護司と同行してきた相談者と初回面談を実施しました。風邪気味だったのか、その相談者はマスクを着用。余計に恐怖感が増したのを覚えています。

その相談者は初対面にしてはずいぶん饒舌な口ぶりで、保護観察が終了したあとの展望を語ったものでした。とにかく仕事をしたい。今までは色々な仕事をしてきたが、どれも長続きせず、今度こそ長く働きたいと話していました。

その相談者が希望する仕事は、屋外での肉体労働でした。以前、父親が働いていた人材派遣での農作業に一緒にこなしたコトがあり、福祉的就労で農作業ができれば最良との話に。

そこでノリさんと相談し、まずは療育手帳を取得してもらうコトを提案。その上で福祉的就労ができるよう希望の作業メニューを提供している障害福祉サービス提供事業所を紹介するコトになりました。

障害福祉サービスは原則として身体・知的・精神のいわゆる3障害に係る手帳を取得していなければ利用できないのですが(この相談者は療育手帳)、実は主治医の診断さえあれば手帳取得の前倒しでサービスを利用できるのです。

しかしながら今回はレアケースで、逮捕前に精神科受診をしたものの定期受診をしていなかった経緯があったコトが判明したので、きちんと精神科の定期受診をしてもらうコトも含めて療育手帳取得を優先しました。

そして数ヶ月後、無事に療育手帳が取得できたコトを確認した上で障害福祉サービスの利用申請を本人と一緒に実施したのです。それから数年後、障害者総合支援法の施行に伴い、僕が計画相談支援を引き受けるコトに。

初めて担当するコトになった前科者は一見、ごく普通の青年

その相談者は、確かに過去に数回、ルールを破る過ちを何度も犯してしまい、相応の社会的制裁を受けました。ところが実際に出会って話してみると、実に何のコトはない。どこにでもいる普通の青年なのでした。

服役した過去さえ知らなければ、僕が担当する他の相談者と何ひとつ変わったところのない知的障害がある1人の青年でした。「あれほど抱いた未知の恐怖は一体なんだったんだ?」といいたくなるほど拍子抜けするくらいに。

何かの小説で、「無知は無力」と読んだ覚えがあるのですが、当時の僕はまさにソレでした。偏見という色眼鏡でその相談者に対して先入観を抱いてしまっていたコトを、後に恥じたものです。

その相談者と紹介した障害福祉サービス提供事業所とはよほどウマが合ったのか、彼は黙々と福祉的就労をこなしていました。決して休むコトなく、夏も冬も農作業に明け暮れる日々。

実家でご両親と3人で暮らし、きょうだいも近くに住んでいたので休日は一緒に買物へ出かけるなど、家族環境は円満な様子でした。

その相談者は、お金にルーズなところがあるのでお母さんが全面管理していましたが、それ以外では特段のトラブルを起こすコトもなく数年が経過しました。

いちどだけ、その相談者から一般就労をしたいと訴えがあった際は猛反対する両親と揉めたのですが、そもそも一般就労がうまくいかずに罪を犯した経緯がありましたので、しばらくは福祉的就労を長く続けるコトで決着しました。

それからも月日は流れ、福祉的就労を通じて知り合った女性と交際するようになり、公私ともに順調な日々を送っておりました。ところが、その日々は突然、終焉を迎えるコトになるのでした。彼が再び過ちを犯し、現行犯逮捕されたのです。

被害者の処罰感情が強く、示談は不成立に終わり、彼は裁判にかけられるコトに。

 

再犯を繰り返さず地域で暮らせるために

罪を償って出所するまでの間、しばしのお別れ

その相談者の再犯はこれで5度目でした。さすがに情状酌量の余地はありません。執行猶予がつくハズもなく、決して短くない刑期で服役せよとの判決。起こした事件の重大さや厳罰を求める被害者の主張を考慮すれば、その判決も止むを得ないとしかいえません。

逮捕されて以来、拘置所にいるその相談者とは結局、いちども会うコトもなく終わりました。彼の将来に期待していただけに、僕の失望感は本当に大きなものでした。公判に立ち会う気力も湧かなかったのです。

服役するコトになれば当然、その間は障害福祉サービスを利用するコトはできません。障害福祉課に事情を説明して判断を仰いだ結果、計画相談支援を提供するコトができないのであれば、いったん利用契約を解除するよう指示。

そこで自宅訪問し、本人に代わって両親に契約解除の旨を伝えて計画相談支援を終了したのでした。

身体が不自由な父親に代わって本人と面会した母親の話もまた僕を失望させるものでした。息子を溺愛する気持ちは理解できなくもないものの、主治医が処方する薬が合っていなかったからこういうコトになったとの言い分。

最後に母親から、交際していた彼女から預かったという、服役する本人に宛てた手紙を読ませてくれました。内容は当時の僕が推察したとおり、これを機に別れてほしいという最後の手紙でした。

その元相談者もまた、いずれは刑期を終えて地域に戻ってきます。「もし出所して再び福祉的就労でやり直したいと本人がいうのであれば、その時はまたゼロさんに担当をお願いしたい」と、両親から依頼がありました。

決して一筋縄ではいかない前科者の支援

以上につきましては僕が現在の独りケアマネになる前のエピソードになりますので、後任に引き継いでピリオドを打ったかたちになります。

しかしながら、後任の相談員から連絡があり、「もし本人が僕に計画相談支援を頼みたいというコトであれば引き受けてもらいたい」と打診が入っています。

というのも、このブログを綴っている現在、元相談者の出所が間近に迫っているのであります。

そこで僕は返答したのは、二度と悪いコトをしないと約束できるのであれば計画相談支援を引き受けるという条件付きでの了承でした。

その後、複数の前科者の相談支援を担当するコトになり、平穏無事に計画相談支援がこなせるケースもあれば、警察のお世話になる寸前までトラブルを繰り返すケースもありました。

こうした経験から断言できるのは、障害者ケアマネや障害福祉サービス提供事業所が単独では、どんなに頑張っても再犯を繰り返す障害者の支援は成り立たないというコトであります。

地域で安心して明るく楽しくマジメに暮らしていける生活が実現できる、そのためには、福祉・医療・司法の専門家によるチーム体制で再犯を繰り返さないための支援を継続するしかないのが現状であります。

目指す方向性は明らかな一方、支援者の見解が統一されなければ意味がない

ところが、それを快く思わない相談者も少なくありません。服役しようがすまいが、いったん保釈となれば、当事者はいつだって自由気ままに生きていたいのです。束縛なんてとんでもない。

実際、僕が担当するケースにもそういうヒトがいました。公判中、あれほど福祉的支援を受けながら暮らすと約束したのに、執行猶予がついた次の瞬間、「いや、いらない。僕は僕が生きたいように生きる」と。

本来であれば福祉と司法の連携による継続的な支援が必要不可欠なのですが、司法側が強権を発動してくれなければお手上げ状態になります。そして司法側が指導できる期限は決まっています。一方で、地域生活を営むための支援に期限はありません。

例えば、カネで失敗した経験を持つ障害者は、何度でもカネがらみで同じ失敗を繰り返す確率が非常に高いのです。確かに法的には自己破産で終了なのですが、良かれと思って支払いを猶予していた債権者の納得のいかなさを思うと複雑な胸中であります。

そのため、同じ過ちを繰り返さないために成年後見制度の利用を執行猶予や自己破産の絶対条件にするといった合理的配慮がなされるべきなのに、何ひとつ配慮せずに自由の身になったら…という話です。

福祉的支援については保護観察のような強制力が伴いませんので、本人がイヤだといえば僕ら支援者は引き下がるしかないのです。しかも保護観察には期限があります。その後は本人次第なのです。

福祉的支援さえあれば再犯を未然に防ぐコトができるというのは、僕ら福祉支援者の驕りかも知れません。どんなに手厚い支援がなされようが、今回のように再犯するヒトは再犯するというケースもあるでしょう。

それでも、かつて僕が計画相談支援を担当していた彼のように、担当の支援者がついたコトによって適切な医療ケアを受けられるようになり、就労の場を確保するコトによって自分の居場所を見つけられたという事例もあるのです。

前科者のケースを担当する障害者ケアマネは誰もが頭を痛めているところでありますが、かつて罪を犯したヒトたちの支援は困難を極めるのです。