利を求めるなら信を得て徳を尊べ~異業種から学ぶ社会人のあり方

利を求めるなら信を得て徳を尊べ~異業種から学ぶ社会人のあり方

長年にわたって積み上げてきた信用は、時として利潤に勝る

福祉の仕事に限った話ではありませんが、長期間にわたり特定の顧客と関わる仕事に携わる場合、往々にして「モノ」より「ヒト」が優先される場合が多々あります。

大学時代からの無二の親友、トヨタくん(例によって仮名)はわが母校の近郊都市で暮らす都会派。長らく土木・建築資材を取り扱う営業職として活躍しているビジネスパーソンですが、いつかの飲み会の際にこんな話をしてくれました。

トヨタくんは僕より1年ほど前に同じ業界内で転職したのですが、前のカイシャで顧客から、トヨタくんが転職したカイシャの製品を買わせろと請われて困ったコトがあったというのです。

というのも、トヨタくんが辞めたカイシャが販売している製品と同等スペックの製品を転職後のカイシャから買う場合、値段は高額になるし耐久性は落ちる。顧客にとっては絶対に得にならないからです。

トヨタくんは、「社長、絶対にウチのカイシャから買わない方がイイです。前のカイシャから買ってください」と必死に説得したそうですが、「いや、オレはアンタから買いたいんだ」と引き下がらず、商談成立したとのコト。

「それは、トヨタくんが転職したからだよ」と、思わず即答で僕の所見を伝えました。良心を絵に描いたようなトヨタくんを慕う社長が、転職のご祝儀として、損得勘定よりもこれまでの義理を優先したのであろうと。

あらためて説明するまでもありませんが、トヨタくんが転職したカイシャの製品を買ってもらえば、そのままトヨタくんの営業成績に直結するワケです。しかも、個人の買物ではまずあり得ない高額な取引であります。僕なら速攻で「商談成立!」と持っていきたいところ。

しかしながらトヨタくんは、この取引は割に合わないと必死になって顧客を説得。自らの利益よりも取引先の利益を優先し、元いたカイシャから購入するよう他社製品をオススメしたワケであります。

ところが結論は上記のとおり。トヨタくんの必死の説得にもかかわらず、めでたく商談成立という結果になったワケです。たとえ損をしてでもトヨタくん個人と取引したいと、くだんの顧客を心酔させたゆえの顛末でありましょう。

てっきり福祉業界だけだと思っていた「利益や採算を度外視したヒトとヒトとのつながり」というものが、実は利潤追求のシビアなビジネスの世界でも重要視されるという現実、すなわち「信用こそがメシのタネ」というワケであります。

 

永続的な繁栄を望むなら、目先の利益にとらわれてはならない

福祉の仕事しか経験がなく、営利追求を旨とする民間企業の世界を一切知らない僕にとって、以上の考え方は驚き以外の何物でもありませんでした。

「それにしても、絶対に儲けにならない話にあえて乗るのはナゼだろう?」

異業種交流会で交わされた会話で僕が抱いた疑問に対し、トヨタくんが答えてくれました。「それはね、単に値段が安いからって長年の取引先を変えるみたいなコトをやると、イザという時に手痛いシッぺ返しを喰らうからだよ」と。

かつて、トヨタくんの業界で、過去にこのような事例があったそうです。

ある日、大資本にモノをいわせ、資材を格安で供給できる問屋が現れた。多くのカイシャが目先の値段に釣られ、長年の付き合いがあった問屋と手を切ってしまった。

当然、そうなれば問屋もメシの食い上げとなる。倒産するところが出てくる。結果、これまでどおり取引をしてくれるカイシャとの取引で食いつなげた一部の問屋だけが生き残った。

ところが、事態は急展開を迎える。格安で資材を供給していた問屋が倒産してしまった。そうなれば、仕入れ先がなくなったカイシャにとっては死活問題。当然、生き残っていた問屋に受注が殺到するコトに。

そこで生き残った問屋はどうしたか? これまで取引してくれたカイシャにだけは変わらず安定した供給を続けた。逆に、かつて掌返しをしたカイシャには決して資材を供給しなかった。案分しようと思えばできたが、あえてそれをしなかった。

トヨタくんが教えてくれたエピソードは貴重な教訓であります。確かに商売の鉄則は「安く仕入れて高く売る」なのでしょうが、極端に安過ぎても高過ぎてもいけない。そうした商売はいつか必ず破綻するからであります。

永続的な繁栄を望むのであれば、目先の利益よりも大切にすべきコトがあるという話です。

 

業種を問わず、信用され続けるコトこそが一流の条件

トヨタくんは同じ大学の同じ学部で学んだ親友ですが、進んだ道は正反対でした。彼は学部とはまるで無縁な民間企業の営業職。僕は初志貫徹ながら、やさぐれて転職を繰り返してきたソーシャルワーカー。

大学を卒業して20年余り。進んだ道は違うものの、年に数回、彼と過ごすつかの間の時間は友人同士としての憩いと安らぎの時間であり、ビジネスの本質を学び合う機会でもあります。

目先の利益ばかりを追い求めて不義理をしたり後ろ指を指されるようなコトをしたりすれば、いつかは信用を失い、永続的な繁栄はあり得ない。

業種を問わず、ビジネスにおける鉄則として間違っていないと思われます。

僕は今、管理者兼相談支援専門員として計画相談支援業務に日々奮闘しておりますが、これまでのキャリアとスキルを悪用すれば、不適切なサービス支給決定を受けるコトができます。

ではなぜ、僕の不適切な申請に対して障害福祉課がサービス支給決定を下すのか? 「これはゼロさんが担当ケアマネとして必要だと判断したからですね?」という、これまでの僕に対する信用があるからです。

これは僕自身へのマイナス評価だけに留まる問題ではありません。障害福祉課に対しても多大なる迷惑をかけ、市民の信用を失墜させ、担当職員に不適切な支給決定をさせてしまったという罪を背負わせてしまうコトになるのです。

僕だけではないでしょうが、担当ケアマネとして、場合によっては法律ギリギリの支給量を障害福祉課に求めるコトがあります。ですが、僕の場合、そのための具体的根拠をアセスメントシートなどの書面で明確に提示します。

障害者ケアマネと障害福祉課の担当職員は、それぞれ役割も立場も違います。僕にいわせれば、「これだけ必要だと訴えているのに行政は判ってくれない」と憤懣をブチまけるのは三流以下のケアマネです。

書面でのみ判断せざるを得ない立場にあるヒトたちが、「こういう根拠があるなら支給は妥当」と納得できる根拠を示せないケアマネの力量不足を棚に上げて何をいっているのかと。

他職種連携の根幹を理解しているのであれば、行政への怨嗟の声などお門違いだといわざるを得ません。「障害者ケアマネの顔パスで承認されるくらいの説得力、すなわち信用を勝ち取れ」と。

 

信用され続けるためには、やるべきコトを愚直に遂行するしかない

トヨタくんが数多くの顧客から信用され続けるコトになったのは、彼が長年にわたって積み上げてきた数々の小さな功績によるものでありましょう。発注をミスしたり約束の時間を超過したりで怒号に晒されるコトも多数あったとか。

しかしながら、困難から逃げたりせず誠実に向き合うコトによって、失敗をキッカケに信用を得て、その後も取引を続けるコトができたと話していました。

トヨタくんいわく、確かに土木や建築の仕事に携わるヒトたちは荒くれたツワモノ揃いだと。しかしながら、一見して苛烈に見えるヒトほど義理人情に厚く、心根は優しいそうです。

発注をミスした時も、電話でなく営業車を走らせて(それも数百キロの遠方へ)謝罪をしたコトで、最初こそトヨタくんに怒号をブチまけていた取引先の社長も「キッチリ詫びを入れて義理を果たした」と納得してくれたそうです。

「発注を間違ったといっても、アレもう返せないんだろ?」

「はい。ですが私の責任ですから、交換させていただきます」

「いいよ。うちで買うから、そのまま置いてけ」

時に重大なミスを犯しながらも、取引相手と誠実に向き合い続ける。この積み重ねこそがトヨタくんの仕事でいうところの取引先、僕の仕事でいうところの相談者やその家族、そして支援者から信用され続ける唯一の方法であります。