いつまでも自分のそばに置いてきた愛読書、手放さなかったその理由

いつまでも自分のそばに置いてきた愛読書、手放さなかったその理由

ハデな戦闘シーンの描写から、やがて高度な心理戦の応酬に強く惹かれるように

最近はあまり読まなくなりましたが、20代から30代にかけて古代中国を舞台とした戦国小説を好んで読んでおりました。まずは三国志、次に漢王朝、次に春秋戦国と、題材となる歴史を遡っていくかのように乱読しておりました。

男なら誰でもとまではいいませんが、やはり赤壁の戦いに代表される壮大な戦闘シーンと現実離れした超人的な戦闘力を発動する幾多の武将たちの華々しい活躍を存分に描いた三国志演義がハマるキッカケでした。

ところが、やがて少しずつオトナになっていき、国家間で繰り広げられる高度な心理戦の応酬や、国家から一個の人物に至るまでの繁栄と没落、そして滅亡に至る戦闘シーン以外に強い関心を示すようになり、最後は春秋戦国時代に落ち着いた次第です。

その中で今でも手放さずに持っている小説が海音寺潮五郎先生の「孫子」であります。世界で最も有名な軍師、孫武とその子孫の孫臏。2人の孫氏の活躍を綴った傑作であります。

この小説を手にしたキッカケはもちろん古代中国の戦国時代を題材にしているからであり、海音寺先生のファンだったというワケではありません。そもそも海音寺先生は日本史を題材とした小説を多く書かれた方でもあります。

ところが、読み始めたら止まらない。たぶん大学3年の頃に買った覚えがありますので20年以上、手放さずに残っている唯一の文庫です。カヴァーは擦り切れて使い物にならなくなり、天・小口・地はすっかりセピアトーンに退色してしまいました

僕は収集癖というものにまったく縁がない人間でして、使わないと判断したものは次々に処分する断捨離が得意な人間であります。そのため「たまに読み返したいな」と思う本は図書館で借りて、読んだら返却というスタイルであります。

海音寺先生の「孫子」は、僕が4半世紀にわたって見返し続ける唯一無二の愛読書なのです。

ではなぜ、いまだに「孫子」を手放さずに読み返すのか? 単純に面白いからです。ストーリーがすべて暗唱できるほど記憶に焼き付いていてもなお繰り返し読み返したいと思わせる小説の巧さに惹きつけられるのです。

しかしながら、何度も読み返したいと思わせる「巧い小説」は他にもあります。柴田錬三郎先生の三国志シリーズ、司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」、安能務先生の「春秋戦国史」もまた若い頃に何度も読み返した傑作小説であります。

ところが、これらの小説はすでに僕の手元にはありません。安能先生の傑作シリーズは絶版も多く、わがマチの図書館にはありません。書店で探しても見つかりません。「手放すんじゃなかった」と後悔している次第であります。

僕の性格上、単純に何度読み返しても面白いからという理由だけでは、とっくに「孫子」は手放しているハズであります。最近、気づいたコトですが、面白いという理由でない別な理由から、この文庫をいつまでも手元に置いているのです。

 

「孫子」が4半世紀という長きにわたって人生に寄り添ってきた真の理由とは

2500年以上後の世にまで残る「孫子の兵法」により呉を列国最強まで押し上げた功労者の1人、孫武。彼を題材に取り上げた小説は数多くあります。僕もすべて読破したワケではありませんが、一般的な孫武のイメージは強者そのもの。

祖国の楚で身内を誅殺された恨みを晴らすべく、楚への復讐に憑かれた伍子胥に推挙された孫武が呉王闔閭に認められ、軍事的才能を如何なく発揮し呉王を春秋末期の五覇に押し上げた功労者に。その経歴だけを見れば孫武は知の強者に違いありません。

ところが海音寺先生は、孫武を功名心のカケラもない、惰弱かつ隠者的気質が強い人物として描写しているのです。怜悧かつ酷薄な軍事的天才なのは戦争時においてのみ、権謀術数が渦巻く権力の中枢から一刻も早く離れ、市井での静かな暮らしを望む庶民として。

若い頃、対人コミュニケーションの実践的テキストとして「孫子」を何度も読み返したものでした。僕が多少でも社会人としての常識と礼節を身に着けるコトができたとすれば、それは海音寺先生の教えを忠実に守ってきたからです。

そして現在。何気なく「孫子」を読み返していて、ある事実に気づいたのです。海音寺先生が創り出した孫武と僕がとてもよく似ているコトに。僕が憧れた生き方が孫武なのではなく、僕の人生において、僕に与えられた配役は孫武そのものなのだと。

 

自分という人間の本質的根源が、愛読書に登場する主人公のそれと重複していた

当ブログのカテゴリー「転職キャリア」で、僕がこれまで福祉業界で過去3回の転職を繰り返してきた経過について綴ってきました。色々とキレイゴトを綴ってきましたが、結局のところ、退職を繰り返した最大の理由が「前職がイヤになった」であります。

イヤになった理由は、どの職場でもそうでしたが人事異動などの一切の権限は持たされず、一方で、部下が起こしたトラブルの処理などの義務と責任だけを押し付けられる管理職にさせられたコトへのアンチテーゼでした。

さまざまな紆余曲折を経て、現在は半独立型社会福祉士として独りケアマネをやっておりますが、小説「孫氏」で、孫武の辞表が受理されて孫家屯へ戻ってからの生活のように、心穏やかな毎日を過ごしております。

小学校の頃から「オマエはリーダーとしてやっていかなきゃならないんだ」と教師から宿命じみた厳命を受け、以来ナゼか厄介な役回りを押し付けられるコトが多い半生を送ってきました。

苦労や苦悩が多いばかりでしたが、ヒトの上に立つ者として苦楽を共にした仲間ができたり、その立場でなければ見えない景色をたくさん見させてもらったり有意義な経験ではありました。

しかしながら、ここ数年はひたすら精神的に疲弊と摩耗を繰り返し、一部の部下へひっきりなしに寄せられるクレーム処理の日々でした。その挙句、部下たちのためにと思って尽力した対価として一部の部下から投げつけられたのは「上司として信用できない」という暴言でした。

言われた瞬間に受けたショック、そして、一夜明けて数日間は続いた腸の煮えくり返る思いは今でも忘れられません。ヒトの上に立つ者として感情的になってはいけないと思いつつ、あの時だけは強く抗議すべきだったと後悔しています。

どんな事情はあろうとも「信用できない」という一言は侮辱でしかなく、決して言ってはいけない言葉だからです。発言した張本人は上司へ正当な苦言を呈したつもりなのでしょうが。

退職後、その部下を厳正に指導したいとのコトで事情聴取があり、所属法人から厳重注意と始末書の提出という懲戒処分を下したと報告がありました。本来であれば僕自身がそれらの暴言を毅然と抗議し、僕の権限で厳正に処分すべきだったのです。

ところが、それはできなかった。この経験はソーシャルワーカーとして長年にわたり活動してきた社会人生活の中で、いつまでも癒えるコトのない古傷のひとつであります。

最後に、僕が「孫子」の中で最も強く共感したところを抜粋します。孫武が自分に備わっていない資質を分析してみせるシーンですが、僕にこれらの資質が備わっていれば、現在と違う人生を歩んでいたのかも知れません。

「世の中に立って働く者には、度胸――勇気と言ってもよい、気の強さといってもよい、図々しさといってもよい、埃りやはね返りを事ともしないものがなければならないのだが、わしにはそれがない」

「わしは遠からず、仕えを辞したい。でなければ、わしの兵法まで汚すことになる」