支援者間における多職種連携のキモになるものとは

支援者間における多職種連携のキモになるものとは

以前、僕が前職で相談支援の仕事をしていた時から同様の話はよくあるコトだったのですが、本人と支援者の言い分が見事に真逆で対応の苦慮した経験は、独りケアマネとして事業所を立ち上げてからも続いています。

知的障害がある相談者の場合、情報処理が追いつかなかったり、自身の理解が及ばないコトを曲解したりシャットアウトしたりしてしまうコトによる事実誤認というケースが少なくないため、家族または支援者からヒアリングするコトで事態が見えてくるケースがほとんどでした。

以前、当ブログでご紹介したかつての相談者、ポン子さんもその手のトラブルを繰り返すヒトで、実際には起こっていないハズのトラブルに巻き込まれたとの電話相談が何度もありました。

そんなポン子さんが原因で巻き起こったトラブルが、今でも忘れられない架空の虐待騒動でした。

 

ベッドに縛りつけられて、ご飯を食べさせてもらえない?~幻の虐待通報

「あの、ポン子さんの担当ケアマネはゼロさんですよね?」と障害福祉課の虐待防止センターから電話連絡があり、ポン子さんが以前暮らしていたグループホームの元ルームメイトに、当時住んでいたグループホームで虐待を受けているとのメールが届いたとのコト。

今となっては通報した側も状況をきちんと確認していなかったと思われますが、元ルームメイトの相談を受け、ポン子さんから送られてきたとされるメール内容を見て即座に通報したとの話でした。

その後、とてもイヤな役割を担うコトになった僕はポン子さんや当時のグループホームへの聴取を引き受け、ポン子さんからは「そんなメールしてない」、グループホーム側からは「こんな、恩を仇で返されるようなコトされるなんて」と怒り心頭。当然の話ではあります。

関係者すべてから話を聴き、通報側にくだんのメールを確認させてほしいと伝えたところ「もう、そのメールはない」との返答。そんな大事な証拠をなぜ取っておいてくれなかったんだと思いつつ、肝心の当事者が否定するのですから虐待の事実はなかったと結論づけるしかありません。

グループホームからの求めを受け、障害福祉課に公文書で最終報告を出してもらうよう依頼して、騒動は終結。一件落着とはいきませんでした。

あの時、ポン子さんがグループホームから出されずに済んだのは僥倖というしかありません。

関連記事:「愛着障害に苦しむ相談者にどう向き合っていくべきか」→コチラ

 

それぞれの言い分が噛み合わないトラブルは、相談者に限った話ではない

支援者間におけるトラブルが起こるのはナゼか

ポン子さん以上に同様のトラブルを何度となく巻き起こしていたのが以前のブログでご紹介したガー子さんでした。気性が荒くて攻撃的、それでいて実は小心者というガー子さんの捌け口は僕に対する苦情電話でした。当時の支援者たちも対応に苦慮していたのは懐かしい思い出です。

ところが最近、過去の事例ではあまりなかったトラブルに見舞われるコトがチラホラありまして、それは支援者間におけるトラブルであります。

複数の障害福祉サービスを併用している相談者や、医療ケアを受けている相談者など、関係機関が複数にわたる場合、支援者間で起こってしまう疑念や不信感から、担当ケアマネが板挟みになって対応に苦慮するコトになります。

多職種連携の考えが徹底していない福祉業界の現場

ではなぜこのような支援者間のトラブルが起こるのかといいますと、それはひとえに多職種連携の考え方が徹底していないからであります。

介護職員初任者研修を修了したのは今から1年前になりますが、テキストには介護職員であっても多職種連携の重要性を説く内容が盛り込まれていました。

ところが、しょせんは絵に描いた餅でしかない現場が少なくないという場面を実際に目の当たりにしてきた経験上、われわれ福祉業界の中で他職種連携の考えがいかに浸透していないかという現実に愕然としたものでした。

このように、多職種連携の考えがなぜ徹底していないのかといいますと、これは所属団体の考えというよりは個々の支援者の根本的な問題に起因するものと僕はみています。

 

福祉業界において多職種連携が浸透しない2つの要因

どちらか一方の意見を鵜呑みにした主観的な判断基準

この手のトラブルを起こす支援者を客観視していて「共通しているな」と思うことがらが2つあります。ひとつめはどちらか一方の話だけを鵜呑みにして客観的事実を明らかにしないまま断定してしまう危うさです。

僕は障害者ケアマネとして相談者の良き理解者であらねばならない一方で、支援者にとっても良き理解者でなければなりません。それでなければ計画相談支援は成立しません。

そこで、当然ですが本人から一方の支援者に対する不平不満の声を聴いたら、必ず支援者にも話を聴き、それぞれヒアリングした上で客観的事実の有無などを判断するようにしています。

中には「アンタな、そんなコトいうなら〇〇ちゃん連れてウチから出ていけ」と立腹するヒトや、「うちのスタッフがそんな支援なんかするハズがない」と僕に噛みついてくる管理者もいます。

余談ですが、利用者を「ちゃん」付けで呼ぶのは対等に相手を見ていないものとして障害者差別に相当します。しかしながら、その意識が浸透していない支援者が少なくありません。

このように、怒りの矛先を向けられるコトもありますが、当事者すべてからヒアリングするコトによって、真実がどこにあるかをできる限り正確に探り当てるコトにつながります。

ところが、支援者間でトラブルが起こった場合、いずれの側も障害福祉サービス利用者(あるいは患者)からの一方的な言い分を根拠にして話が展開するのです。そして、どちらも自分が正しいと譲らない。こうしたジレンマに悩むケアマネは僕だけではないでしょう。

他職種に対する敬意のなさ、他職種への差別や偏見

もうひとつの要因は「自分たちこそが本物、アンタたちは下」他職種への敬意がないという傲慢さと思い上がりによって引き起こされる差別や偏見です。

例えば、一方が知的障害者の支援に長年の歴史があり、もう一方は精神保健福祉士を配備した精神障害者の支援を主としているといった場合、生命力が旺盛でタフな知的障害者と繊細で病状により日々の体調が大きく左右される精神障害者、支援方針の違いから意見の相違が生まれます。

あるいは、障害福祉サービス提供事業所と医療機関(病院や訪問看護ステーションなど)といった場合、医療が上で福祉は下という差別や偏見にとらわれた医療サイドが福祉サイドの支援を頭から否定したり不適切な言動があると決めつけたりするケースがありました。

 

多職種連携の考え方が福祉業界のスタンダードになるためには

僕は福祉業界の人間ですから、当然ながら医療における知識や経験は乏しいというしかありません。ですが、障害福祉のコトであれば医療サイドに比肩できるだけの知識や経験があります。

このように福祉と医療は切っても切れない関係にありますが、さらには行政・教育・司法といった公的機関、そして民生委員や福祉委員、地域住民といったインフォーマルな支援者もまた、多職種連携における大切なチームメイトとなります。

別に誰かを罰するつもりはないので断罪するつもりはありませんが、多職種連携のキモとなるのは自分の信念を持ちながらも差別や偏見にとらわれないバランス感覚と、どちらか一方の主張だけを鵜呑みにせず、公平かつ平等にヒアリングを行う基本姿勢にあるコトは断言できます。

多職種連携は他職種連携

とはいえ、ここまでは正論もいいところのキレイゴトであります。

僕は自分を戒めながら、綴っているとおりの仕事をしているつもりですが、ハタからみれば「ゼロさんだって最初は相手の言い分を信じてたよね? こっちの話を聴くまでは」と思われている可能性だって大いにあります。

そこで、コレをいってしまうと身も蓋もないと思われてしまうところですが、僕が思っているのは、たとえ支援者の誰かに至らないところがあっても、相談者が事実無根なコトを訴えても、許容しようと思えるだけの寛容さこそが大切ではないかというコトです。

多職種連携は他職種連携でもあります。つまり、歴史も文化も違えば目的へ向かう方法論も違う。それでもなおチーム体制で支援を行うのですから、当然、どこかで必ず軋轢が生じます。

また、会議で意見が分かれ、その場で退けられた自分の主張が後に正しいコトが判明したとしたら、「ホラ見ろ。前に主張したとおりになったじゃないか」とグチの1つもいいたくもなります。

それでも「終わりよければすべてよし」の心境でハッピーエンドを迎えた際は喜びましょう。

そして、その時の貴重な経験を次に活かせばイイのです。

多職種連携のキモは他職種による意見の違いに対する寛容さにあると思っています。そして、事実でない訴えを何度も繰り返す相談者との信頼関係の構築においても、同様の寛容さと受容に基づく傾聴が必要不可欠となるのです。

障害者ケアマネの仕事において、正論で相手をやり込めるという「鋭利な刃物」は不要です。