相談支援の合言葉は“Do it”ではなく“You can do it”

相談支援の合言葉は“Do it”ではなく“You can do it”

障害者ケアマネこと相談支援専門員が作成するサービス等利用計画の目的は「本人が希望する生活」であります。相談者が希望する生活をする上で障害福祉サービスが必要であれば利用してくださいというものであって、サービス提供そのものが目的ではありません。

障害者ケアマネになるためには一定の受講資格を得た上で初任者研修を受講する必要がありますが、障害者ケアマネであり続けるためには、5年に1回で現任研修を受講しなければなりません。

高齢者ケアマネの資格は取得していないので定かではありませんが、障害者ケアマネの研修では、とにかく「本人主体の原則」というものが何度となく繰り返されます。

本人主体の原則のもと、本人が希望する生活を実現するために作成するのがサービス等利用計画と定義づけられますが、障害者ケアマネとしての知識や経験といった専門職としての特殊技能よりも、障害者ケアマネごとの人間性そのものが問われるコトになります。

その障害者ケアマネがどう生きてきたか? 相談者やその家族が希望する生活と障害者ケアマネの方向性が合致しない場合、その後の計画相談支援の在り方をどのように考えるか?

人生は山あり谷あり。ときに、相談者の人生の根幹を大きく左右する難しい判断が迫られる瞬間が訪れるほどの危機もあるでしょう。障害者ケアマネの人生経験が試される連続といえます。

 

本人が希望する生活」その定義について考えてみると

いうまでもありませんが、本人が希望する生活の在り方は十人十色です。相談者の数だけ希望する生活の在り方があるのが自然というもので、いずれも似て非なるものであります。

僕ら障害者ケアマネは、相談者はもちろん、その家族、そして支援者へのヒアリングを行った上で本人が希望する生活をサービス等利用計画として具現化するワケですが、僕の場合は特に相談者の意向を尊重するコトにしています。

「そんなの当たり前じゃないか」と思われるでしょうが、「尊重」と表現したのは、ありのままを受容するという僕の信条であります。ありのままを受容するのですから、法に抵触したり倫理上の問題があったりした場合を除き、本人が希望すれば全面的に味方するというコトです。

まどろっこしいのでストレートに綴るコトにしますが、「その希望どおりにやれば必ず失敗する」とか「遠からず痛い目に遭う」と予見できても否定しないという意味でもあります。

良識派の皆さんが僕の考え方を知ったら「失敗が判っていて放置するなどけしからん話だ」などとお叱りを受けてしまうかも知れません。それでも僕は、相談者の意向を尊重する今の信念を曲げるつもりは毛頭ありません。

それではなぜ僕がこのような信念を貫く生き方にこだわるかについて綴りたいと思いますが、今は亡き父親の存在が大きく影響しています。

 

「尊重」を相談支援の信条とするに至った亡父の存在

「小さな親切、大きなお世話」という言葉がありますが、僕の父は「余計な親切、大きなお世話」を地で行く人間でした。外ではどうだったか判りませんが、家では頑固で狭量で傲慢な父でした。

もちろん父には、私立の4年制大学へ行かせてもらったコトに感謝していますし、アラフィフ世代になった今でも当時の父には敵わないと思えるような、畏敬の念を抱ける点も数多くありました。

しかしながら、父には自分の価値観を子供へ押しつけるという面もありました。支持政党に然り、オーディオに然り、バイクに然り。特にクルマについては強制の連続。僕が自分の意志でクルマを購入できるようになったのは、父が亡くなってからのコトです。

兎にも角にも生前の父は自分の価値観を押しつけ、別人格であるハズの息子の価値観などカケラも顧みようとしない人間でした。笑い話にもなりませんが、父が選んだクルマを拒否したら激怒して勘当されていたかも知れません。

父は息子の僕が乗るクルマであっても、自分が認めたものしか買わせませんでした。愛情ではなく傲慢というもので、「いいかゼロ、クルマ買うときは必ず相談しろ。お前が勝手にクルマ選ぶな」と睨みを利かせていました。

ウンザリしたのは従兄弟のクルマにさえもケチをつけていたコトでした。自分の息子でもないのに憤慨し、従兄弟の判断がいかにダメか、さんざん講釈を垂れていたものでした。「勝手にクルマを買うな」という発言は以上のエピソードをふまえてのコトであります。

自分が乗りたいクルマは自分で好きに決める一方で、息子の乗るクルマは自分が決めなければ気が済まない。母は「お父さんはお前が失敗して困らないようにしてくれてるんだから」と父に追従。

「カネ払ってやるからオレが認めたクルマに乗れ」なら、まだ判ります。ところが、父親が決めたクルマにお金を払うのは僕です。当時、僕が決めたのはクルマの色だけでした。

希望したのは黒でしたが、それにさえ父は異を唱えたらしく「黒は傷や汚れが目立つんだから白にしろ」と。母が父を説得し、僕の希望を通してくれたのだと後で聞かされました。

僕が主張を押し通したとすれば不毛な父子ゲンカにしかならず、一方的に父の肩を持つ母の存在もうざったいので固く口を閉ざしていましたが、さすがにバイクにまでケチをつけられた時には腸が煮えくり返ったものでした。

父はアメリカン信仰者で、レーサーレプリカなど絶対に認めない人間でしたが、その息子たる僕は生粋のレプリカ好きでした。初めて購入した400ccの中古レーサーレプリカ。それを見た父が一言、「なんでオレに相談もしないでそんなもの買ったんだ?」と。

 

自分が生きたいように生きられるコトこそが本当の幸せ

もし、今も父が健在であったなら、意外と平穏に語らえるような親子関係が構築できていたのかも知れません。父親さえ味方につけられないような人間に障害者ケアマネが務まるかという話です。

僕も若かったので、父親を怒らせたりせず、息子の意向を受け入れてもらうといったアプローチができていなかったという反省があります。

かつて通読した遠藤周作先生のエッセイでご子息との関係について綴ったくだりがありましたが、遠藤先生によれば、息子とは男として唯一、踏み台にされても赦せる自分以外の男なのだそうです。自分を超える存在として受け入れられる唯一の存在というコトでしょう。

大人げなかった亡父と大人になりきれていなかった僕のエピソードはこの辺でお開きにしますが、以上の経験があったからこそ、本人が希望する生活を「自分が生きたいように生きられるコト」と定義するに至った次第であります。

たとえ失敗してもイイじゃありませんか。ときにカラダで痛い思いをしたところで、それを教訓に今後の人生に活かせばイイだけの話であります。その時は笑えない深刻なエピソードであろうが、いったん乗り越えれば、後で必ず笑い話になります。

僕は今しがない障害者ケアマネでしかありませんが、これでも40年以上の人生経験と20年以上の社会人経験があります。ある程度は先を見通せる眼力を持ち合わせているつもりですので、「相談者に絶対に失敗させない相談支援」を強行するコトもできなくはありません。

しかしながら、そんな相談支援は間違っています。

相手の希望を鑑みようともせず、独善的に「正しい答え」を突き付ける。正しい答えは決して1つではないのに、正しい答えを1つに決めつけようとすれば、必ずそこに軋轢が起こります。その先にあるのは屈服あるいは叛乱のいずれかです。

過去の失敗体験をふまえ、これまで蓄積してきた僕なりの英知を、「失敗させない」ではなく、「失敗を糧に成功する」ために活かしたい。最後まで信念を貫きとおし、相談者の意向を尊重した相談支援をやり遂げたいと思っています。

相談者の中には、息子や娘ほど年が離れた若い相談者もチラホラ。今年の春からは未成年の相談者も数人、担当するコトにもなりました。「あなたの希望どおりにやったら後で必ず失敗するよ」と判っていても、敢えて咎めたり止めたりはしません。

その代わり、自分で決めた人生なのだから、結果がどうあれ、自分が下した決断には最後まで責任を持ってもらう。決断は尊重しますが自己責任という話であります。僕としてはかなり厳しい話をしているつもりですが、それで不満を訴える相談者はひとりもいません。

合言葉は「やれ(Do it)」ではなく「アナタならできる(You can do it)」で。相談者に寄り添いながら全面的にバックアップしていきますので、安心して希望する人生をエンジョイしていただきたいと思います。