結局、最後に笑うのは「真面目な正直者」である

結局、最後に笑うのは「真面目な正直者」である

「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公、両さんこと両津勘吉のセリフで僕が特に好きなのが、「えらいやつってのは始めからワルになんかならねえの! 正直で正しい人間がえらいにきまってるだろ!」というシーンであります。

若かりし頃ヤンチャをしていたヒトが過去を反省してフツウになっただけで、それを立派だと持ち上げるのは甘やかしでしかないと、「正直者がバカをみる」典型である元不良への辛辣なセリフを突きつけるものでした。

しかしながら、劣等生であってもワルではなかった僕からすれば、「こいつから金とられたまじめな学生やバイクとられた人の方が悲惨でしょう?」という両さんの主張が非常に納得できます。

なぜなら、かつてワルだった側にとっては、忘却の彼方か武勇伝のひとつとして笑い話でしかないのかも知れませんが、被害に遭った側は死ぬまで赦せない忌まわしき記憶でしかないからです。

なぜ冒頭でこのような話をしたのかといいますと、とても適切とはいえない障害福祉サービス提供事業所が存在するコトによって発生するトラブルシューティングに追われるコトがあるからです。

 

まっとうでない悪しき行いは必ず明るみになる

わがマチの指導監査課のホームページで、過去10年間にわたる行政指導の一覧を確認するコトができます。その悪質さによって、数ヶ月間の給付費減額という軽微なものから指定取り消しという重い処分までペナルティの程度もさまざまです。

また、なぜそのような行政処分を下されたのかについての理由まで詳細に記載されていますので、ホームページを通じて全世界に向けて、事業所の名称や経営者の氏名だけでなく、不適切で悪質な行為のすべてが白日の下に晒されるのであります。

その詳細について引用するつもりはありませんが、常識で容認され得る法解釈の誤りといったものではなく、「本当にコレでバレないとでも思ったのか!?」と嘆息するものばかりでした。

どんな業界でもそうなのでしょうが、その業界とは無縁な一般市民が独力で得られるのは、例えば公式ホームページや雑誌等の取材記事でチェックできる情報しかありません。

一方で、決して公にならない、その業界にいるからこそ得られる情報もあります。

こうした情報のコトを仮に「ウラ情報」と呼びますが、僕ら障害福祉の業界にも同業者間のネットワークにしか上がってこないウラ情報があります。口コミによる公式記録には絶対に載らない類のもので、僕のもとにも時々ウラ情報が流れてきます。

「あそこの事業所、今ヤバいから紹介しない方がいいわ」といった比較的軽めのものから、「近々、あそこの事業所が指定取り消しになる見込みだから、担当いるなら次を探した方がイイぞ」というヘヴィーなものまで色々あります。

わがマチの方針は事業所の都合で閉設する場合は当該事業所が責任を持って次を紹介するよう指導しなさいというものですが、すべての事業所が責任を全うするとは限りませんし、迷惑を被るのはサービス利用者ですので、担当ケアマネとして静観を決め込むワケにはいきません。

ましてや、指定取り消しなどの行政処分を食らった事業所となれば自己都合で閉設する以上に追い込まれた状況にあるので、そういった事業所でサービス利用をしていた相談者のフォローを障害者ケアマネが代行しなければならないのが実態であります。

中には経営者が逮捕されるような深刻なケースもまれにあるため、タダでさえ多忙な日々の中で、そういった事業所の尻拭いをさせられる障害者ケアマネとしてはたまったものではありません。

だからこそ、われわれ障害者ケアマネはウラ情報を同業者ネットワークの中で共有し、そのようなリスクをいかに回避するかを考慮した上でマネジメントしなければなりません。

まっとうに生きようと障害福祉サービスを利用する相談者が、一部の悪質な事業所のせいで路頭に迷うようなコトにならないために。

 

最後に笑うのは、まっとうに生きる正直者である

僕がわがマチの障害福祉に身を置くようになってから9年目を迎えますが、事業所の開設と閉設をいくつも目の当たりにしてきました。前者は喜ばしいコトですが、後者の憂き目に遭った利用者のフォローに追われるコトも少なくありませんでした。

僕がわがマチにおける障害福祉の栄枯衰退を見続けてきた経験からいえるコトは、「繁栄を続けるのは信頼される事業所」であり、信頼される事業所とは「真面目で誠実なサービス提供をしている事業所」であります。

僕としては以上の定義に絶対の自信を持っておりまして、たとえ目指す方向性に違いがあっても、真面目で誠実なサービス提供をしている事業所は、時に利用者数の増減という浮き沈みがあっても、結局は現在まで生き残っています。

一方、そうでない事業所はひっきりなしに利用者の確保に何度も営業に回るハメになります。

僕ら障害者ケアマネは相談支援のプロです。シロウトが相手なら通用するキレイゴトに惑わされるコトはありません。それぞれの情報網をもとに、きっちりウラ情報を確保しています。

いくら営業スタッフが美辞麗句を囀ったところで、内心で「貴事業所の内情がどんな感じなのかは良く判ってますので、今のままではチョット…」というコトになる。

目指す方向性が違っても、それは事業所の個性というコトでプラス評価になります。それだけ選択肢が増えるというメリットにつながるからです。

相談者も十人十色です。仮に福祉的就労を希望する場合、たとえ同じ作業メニューでも、バリバリ働いてガッツリ稼ぎたいヒトもいれば、マイペースで作業したいと思うヒトもいます。

せっかく事業を起こす自由が認められているのです。それぞれの想いを叶えるために立ち上げて、理想の実現を目指して真面目かつ誠実なサービス提供をするのであれば、僕らも安心して相談者を任せるコトができます。

その一方で、残念ながら熱意と悪意を穿き違えている事業所もごく一部ですが存在します。

「自分たちの想いを認めない行政が悪い」とか、「融通が利かない法律は曲げていい」とばかりに得手勝手な論理を振り回してルールやモラルを逸脱。明らかに違法と判っていながら敢えて不正に手を染める。

しかしながら、そうした悪事はいつか必ず白日の下に晒されます。因果応報、必ずそうなる。

いつか裁きを受けて自滅を辿るように淘汰されていく中、最後に笑うのは誰か? 結局のところ、「まっとうに生きる正直者」だけであります。