なぜ、安定した収入が保証された大組織を離れたのか

なぜ、安定した収入が保証された大組織を離れたのか

安定した収入を確保したいなら大組織を選ぶのが最良だが…

当ブログで幾度かご紹介したとおり、僕は福祉業界という狭いカテゴリではありますが3回の転職を経験し、4つの職場を渡り歩いてきました。最初の職場は半民半官の社会福祉法人、次の職場は完全民間の巨大法人、その次は株式会社、そして現在はNPO法人です。

同じ福祉の仕事であっても職場環境はいずれも異なります。すべて違うといっても過言ではない。中でも最も違うのは給与体系でしょう。一言で集約してしまうと、所属先の規模が小さくなるほど給与体系は厳しくなります。

「あんた、転職するたび給料下がっていくね」と母親に嘆息されるコトもありましたが、僕の経験では以下の原則が成り立つようです。

・法人の規模が大きくなるほど給与体系が恵まれるのは資力が大きいからだが、その理由は行政からさまざまな委託事業が受けられるだけの人材(というよりも人数)がいるため

・人口が少ない町村では他の福祉サービス事業所が参入してこないので、既存の法人に委託金がつきやすい(多額の委託金を保証しなければ、どこも引き受けてくれない)

・給与体系が恵まれた待遇で雇われた場合、それと引き換えに「やりたくない仕事」を強要される

これらの原則に当てはめて考えますと、何よりも給料が大事だという価値観で働くヒトや、家族を養うために高給を最優先しなければならないヒトは、現在の所属先より小規模となる転職先を選ぶべきでないというコトがいえます。間違いなく給与体系は厳しくなりますので。

いろいろと不満もあるコトでしょうが、あなたが大組織に所属しているのであれば安定した収入を確保し続けるために大組織に残るのが最良であります。あるいは、小規模法人に所属しているのであれば大規模法人への転職が給与アップにつながります。

好待遇には理由がある~忘れてはならない等価交換の原則

しかしながら、安定した収入と恵まれた待遇で雇われるというコトは、その対価としてさまざまな制約に苦しむコトにもなるのであります。

僕はこれまで、スタッフ数がグループ系列すべて含めて1,000人を超える巨大法人に所属したコトがありますし、そこまで大規模ではなかったものの4大卒の地方公務員と同等という恵まれた待遇で雇ってくれる社会福祉法人に所属したコトもありました。

しかしながら、結局はいずれの職場も耐え切れずに辞めてしまいました。

そこで今回は、これから転職を検討しているヒトの参考になればと思い、安定した収入を保証してくれるハズの大組織の何がどのように耐え切れなかったのか綴っていきます。

大組織で昇進するコトで生じるさまざまな制約

何をどう期待されたのか未だに判りませんが、かつて所属した2つの社会福祉法人では、いわゆる中間管理職の辞令を受けてしまいました。断っておきますが、いずれも僕の意志ではありません。

僕は相談支援の専門職として福祉の仕事がしたいと就職しました。あくまで現場の仕事に集中していたかった。人事管理など僕にできるハズもありませんでしたし、辞令には心底ウンザリでした。拒否しても「いや、きっとゼロくんならできるから」と一蹴されておしまい。

いずれも、そのまま転職せずに大人しく歳月を重ねていれば、真の権力を持ちえたコトでしょう。しかしながら10年単位で耐えられる自信は持てず、いずれの職場も辞めてしまったのでした。

責任重大にして実質的な権限なし~中間管理職の悲哀

スポーツで喩えるのも妙ですが、自分自身がフィールドで活躍して結果を出せばイイだけの選手と、選手たちの能力や特性を見極め、チームを取りまとめるキャプテンでは、必要とされる特性が全く異なってきます。

キャプテンという役割は実に辛い。自身も選手として結果を出しながら、チームメイトを1つにまとめていかねばならない。そして、試合に負けたら監督に敗戦の結果を問われるコトもある。

選手の生殺与奪を握る監督(施設長レベルの幹部職員)と何の権限も与えられていないキャプテン(中間管理職)では、させられた者が抱えるストレスは比較になりません。中間管理職を務め上げ、真の権力者に昇りつめる信念と耐性がなければ、とてもやり遂げるコトなど不可能。

こうしたジレンマが、大組織になればなるほど大きくなっていきます。小規模法人であれば1つは権限が発動できる可能性がありますが、大組織では相当の地位に昇りつめて真の権力を得ない限り、個人の意思など一切通用しません。

大組織における中間管理職とは、ある意味においてスポーツのキャプテンと同じ立場のようなものだと感じました。批判を承知でいってしまえば、理不尽なコトしかない割に合わない立場です。

もちろんすべての大組織がそうだとは断言できませんが、いかに個の力が優れていても正しいコトを主張しても、まるで取り合ってくれないストレスは、とても僕には耐えられませんでした。

期待されて昇進するほど、やりたいコトが一切できなくなる矛盾

本来、たとえ中間管理職であっても、出世するというコトは非常に名誉なコトでありますし、それ以上のメリットがあります。もちろん給与面の優遇でして、昇給したり手当がついたりするなど、年収が上がるワケであります。

しかしながら、中間管理職として役職がつけば部下の人材育成や組織運営の円滑化に向けた新たな役割を負うワケでもあります。昇進と給与アップこそ働く目的のヒトにとっては最大の行動動機となりますが、そうでないヒトにとっては精神的負担と疲弊しか生みません。

また、巨大法人となれば本来の福祉の仕事でないさまざまな役割をも担うコトになります。法人の年間行事や記念行事、理事や評議員など役員への接待といった仕事も行わねばなりません。

現場至上主義のソーシャルワーカーであれば「こんなコトやるために社会福祉士になったワケじゃない」とジレンマに陥る場合もあるでしょう。

非常に不適切な表現かも知れませんが、福祉の仕事というものに、飲み会のたびにお偉方に愛想を振り巻きながら、ビール片手に酒を注いで回るコトも含まれるとは夢にも思わないものでしょう。

もちろんヒラの現場スタッフのままでいれば以上のようなシチュエーションで駆り出される心配は1つもありません。中途ハンパに能力を見込まれ、拒否不可避な辞令に従った結果がコレでは救いがない。

繰り返しますが、僕は社会福祉士であります。相談支援の専門職として福祉業界で仕事をしたいという思いは全く変わりません。管理者であっても管理職を引き受ける気は二度とありません。

大組織を離れたのは、大組織には不向きな性分だったから

豊富な人材、強靭な資力、安定した雇用環境。大組織ならではのメリットは多数あります。また、大組織に所属していなければできない仕事というものもあるでしょう。そういったメリットを最大限に活用して、やりたい仕事を追求しつつ高給を得るという生き方をするつもりでした。

ところが僕にはそういった生き方はまるで向いていなかった。中間管理職になれば組織のルールに逸脱する部下やミスが多い部下など、どんな組織にも必ず1人や2人はいるトラブルメイカーへの対応をしなければならない。でも、僕には本当にそれがしんどくて仕方がなかった。

上司の気苦労など知らずに勝手気ままに動き回っては問題を起こす部下。「こんなミスやるのか?」と信じられない些細なミスを何度も繰り返し、それを指摘すればグズグズと泣き出してお茶を濁す部下。そして孤軍奮闘する僕に知らん顔のベテラン勢。

真の実力者にならなければ人事権など皆無です。雇用する側あるいは幹部クラスにならなければ、職場は選べても部下は選べないのです。しかも、中途ハンパに出世してしまうと、今度はやりたい仕事ですらやれなくなってしまう。

支援困難ケースで悩むのはソーシャルワーカーの宿命であり、その点において不満はありません。しかしながら、本来は味方であるハズの部下から背後を突かれるようなコトまでされる職場には、とても耐えられませんでした。

転職する前に熟考すべき点は1つ~何を諦め、何を得たいか?

そして現在、僕は半独立型社会福祉士として小規模法人に所属し、独りケアマネとして自由を満喫しながら、やりたいと思う仕事だけを存分にさせてもらっています。

現在の相談支援事業所を立ち上げて以来、本来の人格とは別な評価を受ける機会も多くなりました。わが心中が平穏と静寂で穏やかでいられる間は、相手にも優しくなれる。それだけ満ち足りた精神状況なのでありましょう。

先述のとおり、小規模法人であるがゆえの宿命から、給与体系は大幅に苦しくなりました。しかしながら、高い報酬を得たいのであれば僕自身が何倍も仕事のペースを上げればイイだけの話です。

・やりたくない仕事は一切しない

・キライなヒトと一緒に仕事をしない

・時間外は仕事をしない

以上の3つこそが、僕にとって好待遇を諦めてでも得たかった条件だったのです。

幸いなコトに現在の僕にはガツガツ働く必要がなく、もっと優先すべきコトがあります。ちょうど今はロードバイクのシーズン最盛期、定時に帰るコトこそが最優先事項であります。

サイクルジャージに着替え、サイクリングロードを疾走するコトの方が重要ですので。