今にして思えば、地獄からの生還をかけての転職

今にして思えば、地獄からの生還をかけての転職

転職前、安定と引き換えに安息と無縁だった日々

当ブログで何度かご紹介したとおり、僕は過去3回の転職を体験し、福祉業界で4つの職場を渡り歩いてきました。

中でも、わがマチに移住するキッカケとなったグループ法人は、社会福祉法人だけでも300名を超え、グループ系列の医療法人も合わせれば軽く1000人を超える巨大法人でした。

わがマチの医療ならびに福祉を担う重責を担う巨大法人ですから、僕が定年を迎えるまでは絶対に安泰。「やれやれ、コレで一安心」という思いで転職したものでした。

ところが、巨大法人ならではの生きづらさに追い詰められてしまい、志なかばにして自ら職を辞すことになったのでした。

 

実力がなく左遷も地獄だが、中途半端に実力があるのも地獄

わがマチで僕が配属されたのは、莫大な委託費をかけてわがマチの障害福祉事業の大部分を担うという、地域最大の拠点でありました。

そこから9年、困難ケースへの相談支援や、わがマチの地域課題の解決に向けて苦悩の日々を送るコトになったのですが、その中で僕を本当に追い詰めるハプニングがありました。

それこそが後年、僕に向かって「上司として信用できない」と暴言を吐いた部下を持つに至った、中間管理職の昇進でした。

古巣を悪くいうのは気が引けますが、僕ごときが昇進してしまうほど当時の法人は人材難だったといわざるを得ませんが、それが僕の精神を徐々に蝕むコトになるのです。

僕が配属されていた地域拠点は複合企業体(コングロマリット)でして、複数の社会福祉法人から職員を出し合って構成されていました。

いちおう僕の法人からは特殊業務を担える人材を選抜したというテイで出向されておりましたが、その他の法人も同じだったとは限りませんでした。

法人内で手が付けられないトラブルメーカーや、使い物にならないと戦力外通告を受けた者たちが実質的な左遷というコトで回されてきたワケです。

そして、ポーカーで役なしを配られたカードでフルハウスやロイヤルストレートフラッシュに勝てと強要されるような日々が続くワケです。

ここで問題になるのは、僕がカードを配る側にカウントされていなかった点にあります。

カードを配るのは法人幹部であり、僕はいいように使われる幹部の手駒でしかありません。

辞職願を提出した頃は状況が変わっていましたが、僕が責任と重圧だけを押しつけられた頃は絶対君主が居座っていました。

意見の1つでも具申しようものなら「なんでオマエがそんなコトいうんだ?」とばかり、「必要なコトはこちらから伝えるから」という天の声だけが。

いちおう、僕はその絶対君主のメガネに叶うカタチで中間管理職を仰せつかったワケですが、僕の意志は何ひとつとして採用されなかったワケです。

法人間の上層部によるトップダウンのもと、最初からトラブルを起こすコトが判っているスタッフを押しつけられ、トラブルシューティングだけをさせられる日々。

そして決定的な日が訪れたワケです。未だに赦せる気すら起きない侮辱を加えられた瞬間が。

僕自身の意志で一緒に仕事をする部下を選ぶコトができる環境にあれば、そうなったのも自己責任と諦めもつきますし、そもそも、そのような部下は選びません。

ところが責任と結果だけを求められ、それを果たせるだけのカードを配られない絶望的で理不尽な状況に絶望しか感じられなくなり、2回目の転職を決意するコトに。

その責任を他者だけに求めるのは筋違いといわれるコトもあるでしょうが、それも正しいご指摘。しょせん管理職など、僕のような個人主義者に負える重責ではなかったのです。

その器にない者がヒトを統べる役職に就くと、どんな顛末が待っているのか? その悲喜劇を演じさせられたようなものでした。

もし、あの地獄に踏みとどまっていたのなら、僕自身を壊してしまったか、僕以外の誰かを壊してしまったかの2択を迫られたコトになっていたでしょう。

何度もいうようで恐縮ですが、あの当時は僕にとって地獄でしかありませんでした。

転職するコトによって僕は辛くも生き延びた。決して誇張ではなく真実であります。そして現在、僕は半独立型社会福祉士として、至福の日々を送るコトができているのです。

 

社会人としての生き残り戦略としての転職

前職時代の僕を買って仲間入りさせてくれた法人スタッフのおかげで、半独立型社会福祉士として再び障害ケアマネに復帰して2年目に突入しました。

今はベテランのソーシャルワーカーとして(単に年季を積んだだけですが)、存分にやりたい仕事だけを厳選して手がけるゼイタクな日々を送っています。

転職によって得られた現在の職場で過ごせるコトがすなわち至福の日々なワケですが、過去を振り返る精神的余裕できました。

あまり振り返りたくない過去を振り返ってみますと、なぜ転職を繰り返したのか、今は判ります。要は、無邪気に僕を傷つけるヒトたちのそばを離れたかったからであります。

そして、3度目の転職を成功させた現在はどうか。

職場内に、僕を傷つけるヒトは誰ひとりとしていません。また、僕を傷つける可能性がある存在をいちはやく嗅ぎつけ、決して近づかないよう心がけています。

やりたくない仕事は一切せず、一緒に仕事をしたいヒトだけを自分の意志で選べるシアワセ。

歴代の職場では、潤沢な法人資産の裏付けによる高額な報酬(あくまで福祉業界の相場ですが)と引き換えに僕自身の意志などすべて無視される日々でした。

現在の職場では、労苦に見合うとは思えない国の報酬と引き換えに、僕自身の意志こそが最も尊重される日々を送るコトができています。

価値観の問題かも知れませんが、僕を傷つける獅子身中の虫が一匹も入り込む余地がない職場で、自由を謳歌しながら、自由意志ですべてを決められる環境こそが至高であります。

僕は障害者ケアマネとして、これまでに僕と同じような経験をした末に精神疾患を患い、一般就労できなくなってしまった気の毒なヒトたちを少なからず知っています。

誰かのせいで勤労の義務を果たせなくなるなど、これほど皮肉な悲劇などありません。

自分を守るために逃避するのは、自然界において当然の摂理です。

僕はたまたま3回目の転職が成功したラッキーカードを拾っただけですが、それも転職という選択によって地獄からの脱出を決意したからこそ、現在の僕があるのです。

物事には限度というものがあります。その限界が迫っているのであれば、取り返しがつかない悲劇を起こす前に行動に起こしましょう。

最近、僕の身近にも転職の成功を収めてバリバリ活躍している障害者ケアマネがいます。これまで苦労した分を取り戻せるよう、転職の先輩として祈念しています。

最後になりますが、あなたが存分に辣腕を振るえる理想の職場は必ずあります。